英語でのコミュニケーションに
自信がついた

岩間 浩二
企画部 兼 国際部 1996年入社
理工学研究科建築学専攻

岩間 浩二01

外国企業のプロジェクトとUIA2011を機に

入社後、どのような仕事を担当してきましたか?

3ヵ月間の大阪研修後、そのまま1年間、大阪事務所設計部に配属になりました。都市デザイン部で2年間都市計画を学び、その後東京事務所設計部に11年間所属しました。そのうち3年間は業務提携している不動産ディベロッパーに出向し、大型テナントビル内のレストラン街や賃貸レジデンスの設計を担当しました。出向から戻り、設計部でしばらく駅など公共建築の設計に関わった後、2009年に企画部に移り、2012年から国際部を兼務しています。

国際部の仕事はどのように始まったのでしょうか?

英語が得意なわけでもなかった僕が、海外の仕事をするようになったのは、ドイツ企業のプロジェクトを担当したことが契機になっていると思います。計画地が千葉県流山市で、その少し前につくばエクスプレス流山おおたかの森駅の駅舎の設計をしていたことから、プロジェクトを担当することになりました。打ち合わせもプレゼンも英語だったので、辞書やインターネットを使って資料を作成し、苦労しながら仕事をしたのが2008年頃。その後、世界建築会議東京大会(UIA2011)を手伝うなど、海外の人々と交流する機会が増えていきました。
つくばエクスプレス以降も、西武立川駅や北陸新幹線の糸魚川駅関連施設、北海道新幹線奥津軽いまべつ駅など、駅関係の設計に関わっていたのですが、駅と海外というつながりから、東欧の空港ターミナル駅の基本設計をまとめました。


岩間 浩二02

生活文化の違いが、
設計の苦労であると同時におもしろさ

最近の仕事について教えてください

ちょうど東欧の仕事が終わる頃、インドネシアの在来線の駅舎及び関連施設のコンストラクションマネジメント業務を担当することになりました。プロジェクトがスタートした2013年頃は月に一度、一週間程度の出張はありましたが、基本は日本で業務を進めていました。その後、常駐での業務対応を要望され、2017年3月まで外部スタッフを3名コーディネートし、技術支援のために社内でも構造や設備担当者らの協力を得て、プロジェクトを動かしてきました。後半は僕自身、7割方ジャカルタに滞在しました。
この海外プロジェクトの経験から、英語でのコミュニケーションに慣れ、少しずつ自信を持つことができましたね。

国内と海外の仕事で、何か違いを感じることはありますか?

ある国の建築主のプロジェクトに関わった際に思いましたが、彼らが自分たちのネットワークを駆使して充分に情報収集し求めているのは、日本というブランド、日本風のデザインや最先端の技術ノウハウでした。僕らが設計する際に建築主の要望を形にしていくという点では、あまり違いを感じていません。
それよりも明確なのは、文化と宗教に基づく生活習慣の違いです。ある国では裸でお風呂に一緒に入る習慣はなく、温泉でも水着を着るとか、また別のある国では食事を手で食べるとか。こうした生活文化の違いは、設計をするうえで苦労する点でもありますが、同時におもしろさでもあります。
建築法規、基準については細かい部分の違いはありますが、大きな違いは感じません。
インドネシア、そしてこれから仕事が始まるインドでも、現地で設計・技術支援を行いますが、日本では、避難・防災はこうなるけれど、インドではどこまでどうするか。まずは与条件から整えていきます。


岩間 浩二03

実地でのいろいろな経験から
引き出しやボキャブラリーが増えた

仕事のおもしろさ、やりがいはどんなときに感じますか?

海外での仕事は日本ほどカテゴライズされていなくて、設計以外のこともマネジメントする必要があるので、いろいろな経験ができることに加え、生活・文化が違う人々とコミュニケーションしながら、ものをつくり上げていくことが何よりの楽しさです。
僕は大学の頃から、公共建築の設計をやりたいと思っていました。公共建築は、誰もが利用する建築であり、いいかえれば利用者が建築主であるとも言えます。ある駅の設計をしたときは、その駅の利用者が建築主と考えて、仕事先や学校と、自分の家(生活)とを切り替える分岐点として、モチベーションを高める、あるいは帰ってきてホッとできる気持ちになるデザインを目指しました。
設計を極める気持ちの強かった20代、30代の頃は、会社から都市デザイン部への移籍や、不動産ディベロッパーへの出向をいわれたときは、周囲に遅れを取ってしまうのではと、正直、不安を覚えることもありました。でも、今になると実地でいろいろな経験を積んだおかげで、自分の引き出しやボキャブラリーは増えたのだと思っています。
何度も転職したような感じですが、行く先々でたくさんの方々と交流ができ、刺激をうけ支えられたおかげで、設計に関わるどんな問題も解決しようと前向きになれたのでしょう。

入社希望者へのメッセージを

高校まで野球ばかりしていた僕は、大学入学前にいろいろ調べて、建築学科に進学し、ようやく建築の設計がどういう仕事であるかを知りました。もともと絵を描くことやプラモデルづくりなどものづくりが好きで、大学の授業を受け始めてから、建築のおもしろさに惹かれていきました。
組織のなかで、100%自分の希望を叶えるのは難しいことですが、この会社なら、好奇心を持ってチャレンジするなかで、自分の方向性を見つけることができると思います。


岩間 浩二04

関わったプロジェクト:北海道新幹線 奥津軽いまべつ駅
関わったプロジェクト:北海道新幹線 奥津軽いまべつ駅
関わったプロジェクト:つくばエクスプレス流⼭おおたかの森駅
関わったプロジェクト:つくばエクスプレス流⼭おおたかの森駅
休⽇にはジャカルタの仕事仲間とマラソン⼤会に出場
休⽇にはジャカルタの仕事仲間とマラソン⼤会に出場
同僚とインドネシア料理を堪能
同僚とインドネシア料理を堪能