建築から学ぶこと

2005/10/05

No. 3

サントリーホールの使命

サントリーホールが、クラシック音楽専用ホールとして幕を開けたのは1986年。当時としては画期的なコンセプトであり、その後生まれる同種のホールのきっかけとなった。ちなみに、ホールを含んだアークヒルズというメニューは、その後の東京の再開発に影響を与えている。好景気の直前というのもタイミングとしても幸運だった。

事実、サントリーホールは新しい価値やライフスタイルを誘発した。たとえば、休憩時間にワインを楽しむ姿が象徴するように、音楽と味覚が複合することによる高揚感、という趣向。これは五感の複合化戦略である。オルガンを使ったランチタイムコンサートは、各地のアトリウムでの恒例企画として応用していった。これは、空間の多角的利用というべきか、時間の有効活用というべきか。

当然ながら、すぐれた演奏家による名演の数々は、もともと音の良いホールの価値を高めた。好循環である。だが今後は、優れた音空間という評価を、特定のファン向けでなく、社会にどう還元するかが問われるだろう。観客にとっての愉悦の場であることを越え、若い演奏家を触発する場でもなければならない。そのためには、「演奏家に刺激を与える優れた聴き手の層」を厚くすることが大きな鍵となる。子供のための優先招待席<佐治敬三ジュニアシート>等の企画は長い眼で見て裾野を広げるだろう。

さらに、この音空間から質の高い「現代音楽」がどんどん世に送り出されることを願う。音の良いホールという性能、ワインヤード型客席という空間的個性、サントリーによるスポンサーシップは、新しい音感覚を生み出す契機となるはず。敷居を高くせよと言うつもりはないが、サントリーホールには知的空間としての緊張感も不可欠である。現代の建築は、尖った成果を生み出し、才能を花咲かせる役割を担っているのだ。

佐野吉彦

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。