建築から学ぶこと

2014/04/02

No. 419

春が私に語ること

春はものごとを始める季節である。ずっと堅く閉じていたつぼみが一斉に開花するこの季節は、気分を切り替え歩み出すにはちょうどいい。おそらく、季節にある推進力が人を動かしているのであろう。Simon and Garfunkel の「四月になれば彼女は」の歌いだし<April come she will ..>は、四月に主体があるように語彙が配置されている。季節が人間のドラマを前に大きく動かす役割が与えられるのだ。この歌の優しい春風のような始まりがやがて秋の別れにつながるところは、<美しき五月>に始まるシューマンの歌曲「詩人の恋」と通いあうものだが、松尾芭蕉の「奥の細道」の道行きも、桜の江戸を後にして秋に伊勢・二見に達して閉じられる。しかしながら、秋は別れの局面というより、生きることの意味と深さを理解せしめる季節と言うべきであろう。そのようなメッセージを音楽や文学は語りかけてくる。

90年目を迎えた安井建築設計事務所も、春を初めの一歩とした。結局のところ、どのような設計を任され成し遂げたかによって、次に踏みだす道筋が決まってきたのではなかったか。ひとつひとつの仕事には、先ほどの表現を借りるなら、春から秋への道のりが宿るものだ。訪れる春からかたちというゴールを探りはじめ、秋には獲得した知恵と知識が次の仕事の道を拓くに至る。ここで想起されるのが、聖書の使徒行伝の中で神がサウロ(のちの使徒パウロ)を打ち倒して「起きて町に入れ。そうすれば、あなたの成すべきことが知らされる」と宣うたくだり。大きな流れに対して受動的な構えでいるからこそ、しだいに能動的な個性はつくられてゆくのではないか。

この春、あちこちで歩みを始めるひとたちは、どのように流れをやわらかく受けとめ、細かな兆しを読み取るのだろうか。人が生まれて成長することは、建築を設計することと似ているのだ。

佐野吉彦

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