建築から学ぶこと

2015/07/22

No. 483

半田赤レンガにある物語

かつて工場として使われていた「半田赤レンガ建物」(愛知県半田市)が改修を終え、ギャラリー+ビアカフェ+ショップに模様替えしてオープンした。ハーフティンバーの外装が特徴的な、国指定の近代化産業遺産である。空気層を含む多層レンガ壁、多重の耐火床、さまざまな木製トラスなど、各時代の多彩なチャレンジが楽しめる。現代の技術の見せ場は、レンガ壁の一部をくりぬいての鉄筋挿入で、これにより耐震補強が完結した。いわば建物まるごと建築構法のテキストで、新設されたギャラリーにはそうした技術の全貌が紹介されている。

この建物は妻木頼黄(よりなか)が設計した丸三麦酒の工場として1898年に姿を現し(基本設計者に「ドイツ・ゲルマニア機械製作所」の名もある)、鉄道を通じて全国に「カブトビール」ブランドを送り出していた。内壁には、製造樽に合わせたカーブが残っている。ちなみに丸三麦酒は、今も半田に腰を据える中埜酢店(ミツカン)の4代目中埜又左衛門と、敷島製パン創業者の盛田善平がつくった会社である。その後戦時中は中島飛行機の施設になり、戦争末期に米軍の機銃掃射を受けた弾痕が生々しく外壁に残っている。戦後には日本食品化工のコーンスターチ加工工場となり、その最盛期には、赤レンガの製造棟が残存してきたことが不思議なくらいの増築が施されていた。

1996年に半田市が取得してから、耐震改修あるいは旧状復元、産業の足跡を語る資料の開示、積極的な市民のための活用と拠点整備、半田の観光スポット開発などのテーマをいかにまとめあげるかの模索が続いていた。今回の、新しいビアカフェで麦酒を飲める趣向は、醸造の街・半田らしい解であると言えよう。当地と、そこで汗をかいてきた企業の興隆のドラマを未来に語り継ぐには、建築という手段以上に雄弁なものはない。人は建築を通じて夢を引き寄せるだろう。

佐野吉彦

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