建築から学ぶこと

2016/07/13

No. 531

それは70年代に始まり、これからも続く

私の10代前半、すなわち1960年代後半のアジアは至るところで頑な局面にあった。それはベトナム戦争や文化大革命の暴風があり、アジア各国に民主的な政体が登場するには道のりが遠かった時代である。頑ななのは、世界各地での学生運動のなかでの応酬も同じであり、どの対立にも、出口を見つけだそうとする努力すらない状況に感じた。そのようなおり、西ドイツの首相ウィリー・ブラントが「東方外交」を開始する。東側諸国との関係を現実的につくりなおそうとする1969年の積極的な試みと成果を私はまぶしく感じた。それは大きな分水嶺になったと思う。その後72年に日中両国は国交回復し、73年のパリ平和協定でベトナム戦争も終結した(そして後年、ドイツも統一した)。柔軟なパーソナリティを持つリーダー、あるいはリーダー同士が動けば、社会を変えることは可能だ、と感じた10代後半だった。
現在はそれほど緊張することなく、かつて頑なさの舞台であった北京やソウル、ハノイやヤンゴンなどの街角に立つことができる。先年、ダッカ空港に着陸したとき、ここで77年にハイジャック事件があったことを思い出したが、70年代の大転換のおかげで、私の行動範囲も広がったことは感慨深い。あの時代から何十年の時が経って、日本の専門家全体も自らの技術と知見を、海を越えて活かすことに関心を持つようになった。その中で、ひとりひとりに専門家としての国際社会における責任感が、同時に育ったことは重要ではないだろうか。70年代はその始まりだった。さきごろのダッカにおける被害者はこの地の都市問題を改善するために真摯に働いたエンジニアであったが、彼らの遺志を受け継いで、国と国とが、あるいはそれぞれの国の専門家同士が、社会をよりよく変えてゆくために連携する空気が濃くなることを願う。

佐野吉彦

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