建築から学ぶこと

2016/07/20

No. 532

祈祷の場がもたらすもの

建設工事の着工・上棟・竣工のおりに神事を営むのは日本の建設工事の慣例である。どの宗教によってもいいのだが、多くのケースは神社神道で、専門職である神官を介して敷地への降神を願うという、正統的な宗教行事である。目的は土地を動かすことによる災いを取り除くことにあるので、土地に根ざした宗教である神道がうまくはまるのだ。だがそれを信じる信じない特段意識しなくても、洗練された神事は、関係者の心をひとつにまとめる効果がある。私は、自らの幸運を願うだけでは真の宗教とは言えないと考えるのだが、こうした神事では、建設関係者や近隣の安寧を一緒に願っているので<深い祈り>になっていると言えるだろう。ちなみに、戦後の日本国憲法は<信教の自由>を謳うようになった(第20条)ため、公的機関による神事の主宰は適切でないとされている。むしろ民間が神事を営むことによって、節目において心を重ね合わせる感情が自然に湧き上がってくるのではないか。
なお、神官を遣わす神社は、概ねその土地ごとに決まっている。都市の中心にある芝大神宮(東京)、尾陽神社(名古屋)、御霊神社(大阪)などとはこれまで何度も出会う機会があったが、彼らが司る祭儀には発注者や地域の事情をふまえた上手な動きがある(彼らは事情通でもある)。円滑に神事を運ぶかたちができれば、結果として関係者に明瞭な紐帯のようなものが生成されるというわけである。こうして見ると、建設工事だけでなく、社会生活のなかで神事が果たす役割は根強い。今、いろいろな宗教と宗教行事について、教育ではあまり立ち入って教えられないことが多いが、各宗教がどのような形式で祈りがおこなわれるかの基礎知識はわきまえておくべきではないだろうか。宗教どうしの対立が不幸を誘発しないためにも。

佐野吉彦

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