建築から学ぶこと

2017/01/18

No. 556

郊外にある本質が示唆するもの

一昨年あたりからヨーロッパ各地で乱射事件が相次いでいる。そこでは犯人たちとイスラム国との関わりが取り沙汰されてきた。不法入国者も含まれていたが、じつは移民2世・3世も多く含まれている。だが、彼らは単なる無法者とは言えないかもしれない。そうした犯人を生み出す土壌のひとつと言われてきたパリの郊外にある現実をじっくりと明らかにした本が「排除と抵抗の郊外 フランス<移民>集住地域の形成と変容」(森 千香子著、東京大学出版会 2016、第16回大佛次郎論壇賞)である。著者は郊外に起こっている現実の中に、都市政策のハンドリングエラーが、さらに問題を膨らませてしまっている姿を見る。あるいはまた、フランスの理想主義にある同一化志向が、過度の管理主義を生み、デリカシーを欠いた差別の眼差しを助長している、とも考える。
たとえば、課題を宿すゲットーのような空間(老朽化した公営住宅)を危険視して解体に導いたことで、そこにあった程よいコミュニティを分断する結果を生んだ。ソーシャル・ミックスを実現しようとして破綻したのだ。結果として息苦しくなった都市空間のなかで、意識は高いが出番を与えられない若者(つまり、それが2世や3世なのだ)の鬱屈が徐々に進んだ。郊外にある怨恨の本質は民族対立でも宗教対立でもなく、個人やコミュニティの尊厳の問題であったということなのだろう。著者は時間をかけて郊外の現実に冷静に切り込んでゆく。
多文化共生は時代の必然である。この本が本当に訴えたい視点は事件の深刻さをなぞることにあるのではなく、為政者や、良識はあるが差別に疎い市民が間違いを起こさないためのファンダメンタルズを与えることにあるかもしれない。事件の真の要因は何なのか。そこにある因果関係はしばしば逆転して扱われている。この本は犯人を免責するわけではなく、犯人を生みださないためにはどうすればよいかの知見を与える。それは日本社会にも、郊外が増幅するアジア社会にも優れた示唆となるだろう。

佐野吉彦

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