建築から学ぶこと

2017/02/22

No. 561

用水の物語

台地を流れゆく用水には、様々な役割がある。その直接的なねらいは、水を得にくい土地を潤すことにあるが、そこから農が興り、産業が興り、そして人が集まる流れが続く。この場合、水はメッセージであり、エネルギーでもあると言えるだろう。まさに、水の到来は地域文化を育てあげる役目を果たしている。たとえば、17世紀に始まる玉川上水(東京)は広い武蔵野の風土をつくりだし、丘陵の先端までその線は伸び続けた。また、琵琶湖疏水(滋賀-京都)は明治の京都発展の契機となり、上ヶ原用水(兵庫)によって生まれた果樹園の一角には関西学院大学のキャンパスが生まれるなど、見事な結果を収めている。一方で、用水をめぐる技術が興味深いのは、二ケ領用水(神奈川)のように、水量を必要に応じて調節したり、三分一湧水(北杜市)のように公平に分配できたりする機能が開発されたことであった。どの時代も水の不足はいさかいを生みかねないから、シンプルながら精確な技術は、用水が切り拓いた土地の平和を維持するものと言える。そうして、用水は、通り抜けてゆく土地の人々によって大切にメンテナンスされ、時間をかけて公共的使命を果たしてきたのである。 現代の用水は、水を運ぶ機能をそのまま維持しているものもあり、のどかな水路として残ったものもあり、暗渠となった部分の地上が緑道に転換したものもある。また通潤橋(熊本)のような石造アーチ橋や、用水の結節点である配水塔(東京都板橋区など各地に見られる)のように、むしろ小気味の良いランドマークとして注目を浴びる例もある。できれば、それらは公共的資産としてデリケートに活かされてほしいものだ。水が担ってきた歴史の痕跡を次の時代に語り継ぐモノがあれば、その地域のダイナミックな物語が生き延びることができるからだ。

佐野吉彦

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