建築から学ぶこと

2017/04/05

No. 567

医者と聖職者に学ぶ

詳しい中身は想像でしかないが、医学を修める過程での解剖学は、暗記に骨が折れるのだという。そこで挫折する学生もいると聞く。それゆえに世の医者がその緻密な基盤の上で医療に携わっていると思うと、安心できる。おそらく、ものごとをすべて体系づけて理解している、というのはプロの基本条件ではないだろうか。初学者は、まずは知識体系を重んじる厳しい教師に出会うべきで、実務の中では、知識だけでは太刀打ちできないクライアントに出会うべきである。そうして、両面の経験を次の世代に伝えることが望ましい。良い医者は眼前の命を救うだけでなく、長期的に医療のレベルを高めてゆくことに留意しているのではないか。
ところで、宗教家(聖職者)もプロに違いなかろう。まずは仏典や聖書を確実に読み解けないと、人に法を語ることはできないから、時を重ねる修練は必要だ。それ以上に、私が聖職者に興味を持つのは、ベースとなる社寺・教会、宗教集団の持つ歴史を熟知し、そこに連なるネットワークを布教の中に位置づけていることだ。たとえば社寺建築は、目に見える知識体系であり、それらは定期的に人を回帰させるマグネットとなる(建築の力と宗教の力が溶け合っている)。聖職者はそこにあるネットワークの変化に注意を払い、次の戦略を組み立てることができる。聖職者に高潔な人格が求められるのは当然だが、以上のような点の賢さが伴わないと人の心は現実的に離れてゆくのではないか。
聖職者は、地域における共同体のキーパーソンの役割を果たしてきた。歴史の中で同じ宗教の信者が遠くに分散したり、地域に多様な宗教が共存する状況になったりすると、その真の力が問われる。すぐれた聖職者は、対立をあおることはない。ネットワークをうまく組み立てなおしたり、対話の難しい同士を共通の場に置いたりする役割を果たす。社会のレベルを維持する知恵を持つ聖職者は、じつは最先端のプロフェッションなのではないだろうか。建築家が医者や聖職者から学ぶことはいろいろありそうだ。

佐野吉彦

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