建築から学ぶこと

2017/08/02

No. 584

下河辺淳さんが語ること

20年ほど前に、何人かで下河辺淳さん(1923-2016)を囲んで話を伺う機会があった。その場のメンバーがいろいろな質問をしてそれに下河辺さんが答えてゆく、という半日だった。もともと数次の国土計画を策定した優秀な官僚であり、NIRA(総合研究開発機構)の理事長を歴任し、阪神・淡路復興委員会委員長を務めた人だ。その曇りのない、しかし穏やかな語り口に驚き続けた午後だったが、活字になっている次の言葉がその日を象徴していたと思う。<公共政策には意図と結果があるが、結果が思い通りにならないことはある。なので、絶えず意図と違った結果を勉強して、次の意図に新たな見方を乗せる。それは国土計画でなくても、何の専門でも同じである>(*1)という、醒めた認識を、精神論抜きで語るところがすばらしいのである。
その視野はきわめて広い。<古典を学ぶときにいちばん重要でいちばん楽しいことは、知らない過去を勉強しているにもかかわらず、どこかで懐かしく納得している自分を見つけることである。体のなかにそれこそ何千年の遺伝子が残っているので、改めて過去を歴史として教わったときに、すでに体の中にある遺伝子と反応する。そして過去から現在までの自分が見えてくると、自ずと将来も見えてくる>(*2)と語る教育論は、個としての確信に基づいている。
そう考えると、個人の功績と見えるもののなかに、先行する世代が生んだ知恵の積み重なりがあることがわかる。われわれはそれに意識的になることによって、社会的な責任を果たしてゆくのではないか。そして、人は多少の冒険をしてもどこかで枠の内におさまるようにできているのかもしれない。なお、下河辺さんの思考と実践は<下河辺淳アーカイヴス>でたどることができる。

 

*1「成熟し、人はますます若くなる」(佐藤友美子・編著)より省略して引用:NTT出版2008
*2「静かな男の大きな仕事」(下河辺淳と福原義春との対談)より省略して引用:求龍堂1999)

佐野吉彦

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