三重交通G スポーツの杜 伊勢 陸上競技場

三重交通G スポーツの杜 伊勢 陸上競技場

土地の歴史と文化を継承する競技場

キーワードは〝架構美の継承〟〝山並み景観との調和〟〝素材感〟。
〝杜の中の競技場〟をコンセプトに、高揚感のある競技場を提案

約2000年の歴史を持つ皇室ゆかりの別格の神社として崇められ、年間を通じて国内外から多くの参拝客が訪れる伊勢神宮。その内宮まで徒歩で約15分、「三重交通G スポーツの杜 伊勢 陸上競技場」は1968年、神宮の杜に隣接する五十鈴公園内に供用されて以来、半世紀にわたって県のスポーツ振興の拠点となっている競技場だ。
2021年に開催される、三重とこわか国体のメイン会場になる予定の同施設を第一種公認陸上競技場として利用できるよう、三重県がその基準を満たすため、改修に向けて動き出したのは2014年。老朽化への対応を含めたメインスタンドの改築、サイド及びバックスタンドの改修などを経て、陸上競技場は2017年の秋に全面リニューアルされている。
「県側からの要望や条件を考慮して、プロポーザルでは伊勢神宮の内宮につながる〝杜の中の競技場〟というコンセプトのもと、〝架構美の継承〟〝山並み景観との調和〟〝素材感〟をキーワードに、高揚感のある競技場を提案しました。その案を非常に気に入っていただけたようで、完成した競技場のデザインは、当初からほとんど変わっていません」
意匠設計を担当した三好裕司と原 正二郎が最初に描いたラフスケッチを見せながらそう話すように、構造躯体をそのまま外観デザインとした陸上競技場の正面に立てば、多くの人は伊勢神宮を連想するだろう。

土地柄と景観だけでなく、施工上のメリットを考えて提案した
伝統建築の木組みのような、フラットでシンプルなデザイン

伊勢神宮を流れる五十鈴川に架かる宇治橋の架構をモチーフにした、正面ファサード。7000を超える観客席を有するメインスタンドに架かる、フラットなラインの一面の大屋根。過去にアリーナの設計経験がある三好は、陸上競技場のデザイン・コンセプトについて次のように話す。
「最初に考えたのは、伊勢という土地柄と景観です。伊勢神宮は20年に一度、式年遷宮によって社殿を新たにすることで技術を継承していますが、近接する陸上競技場も、伝統建築の木組みのような、フラットでシンプルなデザインにしてはどうだろうと、そんなアイディアが浮かびました」
第一種公認陸上競技場には、メインスタジアムの観客席を全面、屋根で覆うという条件があるが、フラットな大屋根には、土地柄に相応しい景観をつくることに加え、施工上のメリットもあったと三好は続ける。
「木組みをイメージしたフラットな屋根を提案したのは、工業化製品の利用に向いているからです。当時は東日本大震災後の建設ラッシュで職人不足が深刻化していて、建設工事の入札で施工会社が手を挙げられないケースもあり、三重県からは〝入札で不調不落にならない提案を〟という、それまでのコンペにはない要望がありました。屋根の支柱やメインスタンドを、工場で製造したプレキャスト・コンクリート(以下、プレコン)の部材で組み立てれば、現場の作業を省力化できます。プレコンを使うと材料費は高くつくものの、人件費を抑えられるので、不調のリスクも下がります。屋根の形状にはドーム型という選択肢もありましたが、ドームは直線と比べるとボリュームが出てしまうので、背後に広がる山並みとのバランスを考えればフラットなものがよいと、直感的にそう思いました」
スタンドや体育館のように、柱と梁で屋根や床を支える大型の架構の場合、他の建物以上に構造設計が重要になる。意匠の設計案に合理性を持たせるため、早くからこのプロジェクトに入った構造設計者の渡邊 祥は、
「構造上、難しかったのは、片持ちの屋根の設計でした。スタンド全面を覆う大屋根は、片持ちの長さが27メートルにも及ぶので、柱を片側にしか立てられない状況において、どのようにすればテンション構造が成立するのか、検討を重ねました」という。
正面ファサードに並ぶ、木組み柱(逆Y字型の斜め柱)を支えとして引張力で吊られている大屋根は、大地震や台風など、想定外のことが起きたときの安全対策のため、柱と梁を引張材のテンションロッドでつないでいる。
「吹き上げ防止のため、メインスタンド席と屋根をつなぐテンションロッドをどう設置するか。鉄筋コンクリート造の片持ち柱と鉄骨の梁という部材種別が異なるものを、どう交差させるか。とりわけ難しかったのは、構造計算上出てきた数値を最終の張力として実際の建物にどのように反映するかということです。普段、構造設計者は現場に行くことが少ないのですが、今回は工事段階でも現場に詰めて数値を確認していました」(渡邊)

絶対数が少なく、なかなか経験できない競技場の設計に関わること自体が、
クライアント、設計者、施工会社のやりがいになった

そもそも庁舎やオフィスビルのように頻繁に設計する機会のある他の建物と比べて、競技場やスタジアムはその絶対数が圧倒的に少ない。第一種公認陸上競技場の諸条件をクリアし、よりよい陸上競技場をつくるため、三好と原は当時、開催中だった長崎国体の会場などにも足を運んだという。
「陸上競技協会の方に施設全体を案内していただいたのですが、思った以上に多くの方が裏方として携わっていて動線が複雑なことや、大会の運営方法を含めて、勉強になることは多かったですね。競技場は視認性が最重視されるので、新たなスタンドは勾配を変え、指令室には段差も設けましたが、視認性の確認のためにBIMを活用しました。また、背後の山から吹き下ろしがある競技場は逆風になりやすいので、風を抑えるため、それまで離れていたメインとサイドのスタンドの間をつないでいます」(原)
日本全国でも、第一種公認の陸上競技場はそう多くはない中、三重県にとって40年ぶりに行われた全面建て替えに当たって、発注側も設計側も他の競技場を視察するなど、互いに勉強を重ねたという。
「40~50年に一度という数字が示すように、競技場の設計は分母が圧倒的に少ないものです。我々設計者にとっても、キャリアの中でそう何度も経験できるものではない点では、気持ちや意気込みが違いました。クライアントや設計者だけでなく、施工会社にとっても経験値が少ない中で、よりよいものをつくりたい気持ちが、やりがいになっていたと思います」
予算の問題で、一時はこの特徴的な大屋根架構を断念せざるを得ないかという状況になったものの、コンコースを鉄骨にするなど、意匠設計の大枠を変更することなく、コストを抑える方法を模索した渡邊は、
「最初のミーティングのときから県の方たちの期待の大きさを感じたので、何とか実現しようと思いました」という。
2021年に開催される三重とこわか国体では、県内外から大勢の選手、観客が集まる伊勢 陸上競技場。背後に山を控え、すぐ傍を川が流れる自然豊かな土地柄とともに、景観に配慮して設計された高揚感のある競技場での大会を、参加する選手も観客も楽しんでくれることだろう。

設計担当者
大阪事務所設計部 部長 三好裕司
大阪事務所設計部 主事 原正二郎
大阪事務所構造部 主任 渡邊祥

設計担当者の肩書は、2019年12月の発行時のものです

  • 言語選択