久光製薬ミュージアム

久光製薬ミュージアム

企業の思想と理念を象徴するミュージアム

企業の歴史を伝えると同時に、鳥栖の文化・芸術の発信地となる
建物をつくるという創業170周年記念事業プロジェクト

富山、大和(奈良)、近江(滋賀)と並ぶ、日本の四大売薬の地として知られ、江戸時代から薬の製造と販売が盛んだった佐賀県鳥栖市田代。長崎街道の宿場町という交通の要衝に、1847年に創業した久光製薬株式会社は、1934年の発売以来、ロングセラーを続ける貼付剤「サロンパス」を主力商品に持つ老舗の医薬品会社だ。
社長の中冨一榮氏が同社の創業170周年記念事業のひとつとして計画を進め、2019年2月に竣工したのが「久光製薬ミュージアム」である。 今回のプロジェクトを担当した九州本社総務部長の矢野 栄氏は、
「柳行李を背負って日向(宮崎)方面まで薬を売りに行った初代に始まり、代々の経営者がどんな想いでこれまで歩んできたのか。私たちが迷ったときに立ち返り、士気を高めることができる企業ミュージアムをつくってはどうかという社内の声から、この企画は進みました」と、その経緯を語る。
また、五代目社長で現在、会長を務める中冨博隆氏と思想的に共鳴する、イタリアを代表する彫刻家チェッコ・ボナノッテ氏が手がけたデザイン案を建築というかたちにするため、現場で調整役を務めた小島幸弘は、
「企業の歴史を伝えることに加え、市内に美術館のない鳥栖で文化・芸術の発信地となる建物をつくりたいというクライアントの想いに応じるため、本当によいものをつくるという気持ちを持ち続けていました」という。

使用するガラスとサッシを用いて、4×12メートルの原寸大
モックアップを組んで確認した、ガラスの見え方へのこだわり

4メートルのキューブを基本とした、シンプルな矩形のデザイン。まるで宙に浮いているかのような、壁から飛び出したガラスの箱が見る者の目を引く――そんな彫刻家ならではの独創的なイメージを建築として成立させるために、クライアントとボナノッテ氏の意向を確認しながら、一つひとつ細部を詰める作業を重ねた設計担当の楠 敦士と上野山貴嗣は、
「久光製薬さんがこのミュージアムをどのように活用したいか。ボナノッテさんが建物にどんな機能を持たせ、どんな展示をしたいのかを確認し、その要望をすり合わせた上で建物の面積や配置を提案しました」と話す。
九州の某美術館で遭遇した作品にインスピレーションを受け、以来、交流を重ねてきた中冨博隆氏とボナノッテ氏。現状に満足せず、つねに未来へと期待を抱いて大きく羽ばたこうとする姿勢を象徴するように、ボナノッテ氏はこれまでも鳥をモチーフに多くの作品を手がけているが、地上から、柱の支えなしにガラスの箱を浮かせたインパクトのある今回のデザインも、鳥の飛翔する姿に既成概念を超えるイメージを重ねたのだという。
「久光製薬さんからは、ボナノッテさんが描いたイメージを尊重し、彼の望むものを実現できるように設計してもらいたいといわれていました。彼には一×一メートルのグリッドを組み合わせた、四×四メートルのグリッドというスタイルへのこだわりがあったので、それを外さないというルールを設計の拠りどころとして、デザインをまとめていきました」
基本、4×4メートルのキューブを積み重ねた建物は、そのシンプルさゆえに、細部をどう処理するかによって見え方が微妙に変わってゆく。
「設計上、苦心したのは、4×4メートルのグリッドを高さ方向でも守ることでした。階高が4メートルあれば、問題ないと思われるかもしれませんが、これは屋根と床の構造体を含めた数字で、グリッドを守りながら天井高3メートル余りを確保しようとすると、仕上げ代をほとんど取ることができません。ただ、このミュージアムは、飛び出したガラスの箱の部分がどう見えるかが肝になる建物です。下に柱のないキャンチ(片持ち構造)は建物を支える構造体への負荷が大きくなりますが、この空間を実現するため構造設計者に工夫してもらいながら、ボナノッテさんの要望に応じました」
緩やかな傾斜地に建ち、周囲の目を引くガラスの箱が、どのように見えるか。ボナノッテ氏が何よりもこだわったのが、サッシの色や種類を含めたガラスのデザインについてだったと楠と上野山はいう。
「ガラスを多用した建物は暑さや寒さに弱いので、建物の居住性を上げるため、断熱効果のあるLow-Eペアガラスありきで、デザインを検討しました。ペアガラスの場合、ガラスをはさむサッシのシールの色が目立つのではないか。そう懸念するボナノッテさんが納得できるように、施工前に、使用するガラスとサッシで4×12メートルという原寸大のモックアップ(試作模型)をつくり、実際の見え方を確認してもらいました」

Low-Eペアガラスの利用をはじめ、8つの省エネ技術の導入によって、
佐賀県で初めてZEB認証を取得

基本デザインを構想したボナノッテ氏のビジョンを実現するため、構造上の工夫が不可欠な設計だった今回のプロジェクト。構造体への負荷が大きいキャンチを支持するため、コンクリート内部を空洞化したボイドスラブや、床や梁の中にPC鋼線を入れたプレストレスト・コンクリートを採用することで、躯体の軽量化と負荷の軽減、強度の確保を図っている。
原寸大のモックアップを製作するなど、互いに妥協することなく進めた今回の設計作業では、BIMの果たした役割も大きかったとふたりはいう。
「ことばが通じない中で、BIMを利用してビジュアルで見せる方法はかなり有効だったと思います。素材を変えるとどうなるか。敷地全体に対する建物のスケール感はどんな感じか。ミュージアム内をウォークスルーして外の景色がどう見えるか。打ち合わせをしながらA案、B案と、BIMで説明することで、ボナノッテさんに設計意図を理解してもらいました」
また、太陽光発電による創エネルギーを含め、8つの省エネ技術を取り入れ、省エネ率103パーセントを実現した同ミュージアムは、国が官民挙げて推進する建築物省エネルギー性能表示制度に基づくZEB(Zero Energy Building)認証を、佐賀県で初めて取得している。
「環境性能を考えて、設計の初期段階でLow-Eペアガラスの利用を決めましたが、施工会社選定の際、太陽光発電を導入すればゼロエネルギーを実現できるのではないかと提案を受けたんです。施工者と協働して検討を重ね、屋根の断熱性能を上げる、効率のよい空調機を採用すると同時にゾーンを細分化して運転することで消費エネルギーを低減するなど、環境負荷を下げる最良の技術を取り入れた結果、最高ランクのZEBを取得できました」
〝建築に関わった人々のチームワークがここまでうまくいくことは珍しいと思います〟と、設計者が振り返る、創業170周年を記念した今回のプロジェクト。ガラス、御影石、ステンレスなど、使用する建築素材を絞った、
シンプルながら建物そのものが目を引くモダンな外観、木立の中の庭園に彫刻作品が点在する敷地に建つ、美術館のようなミュージアムは、同社の理念を象徴する建物として、社員の士気高揚に寄与することだろう。

設計担当者
九州事務所 主幹 小島幸弘
大阪事務所設計部 部長 楠敦士
大阪事務所設計部 主事 上野山貴嗣

設計担当者の肩書は、2019年12月の発行時のものです

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