01号「京都本能」京都市本能特別養護老人ホーム・京都市立堀川高等学校本能学舎

都市部の地域交流を促す、空間背系

京都市本能特別養護老人ホーム・京都市立堀川高等学校本能学舎
本能小学校の門

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本能館の俯瞰、引き

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辻子(俯瞰)
辻子(俯瞰)

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辻子(俯瞰) 井戸と子ども
暖簾

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時代祭り 時代祭り

124年の歴史を持つ、地元のシンボル

本能小学校跡地に計画された複合施設

信長の終焉の地として、また、染めのまちとして知られる京都市中京区・本能地区。町家や路地空間など、伝統的な京都の景観が残るこの地域に計画された「本能特別養護老人ホーム+京都市立堀川高等学校本能学舎」は、高齢者福祉施設、教育施設、そして地域住民の交流拠点という用途の異なる三つの機能を一体化させた、全国でも珍しい組み合わせの複合施設である。

まちなかで不足している高齢者福祉施設をメインにした複合施設(通称・本能館)が多くの人びとにとって重要なプロジェクトとなった最大の理由。それは、この計画地が本能小学校の跡地であったためだった。明治2年の創立から統廃合によって閉校する1993年まで、124年間にわたって地域住民の活動拠点であった本能小学校は、いわば地元のシンボル的な存在であり、人びとの記憶や歴史が刻まれた場所である。大正末期に建てられた、京都でもっとも古い鉄筋コンクリートの校舎については〝保存したい〟という声も上がったように、地域住人の小学校への愛着は一方ならぬものがあった。だが、保存をするには耐震補強や劣化補修作業が必要不可欠なため、予算内で収めることは難しい。

そんな中で建築主である京都市が、職人が多く、地域活動にも熱心という土地柄を考慮したうえで採案したのが、敷地内に辻子を設けることで、地域交流を促すというアイデアだった。

京都の中心部に住む地域住民が納得した

地域交流の場としての辻子空間

辻子空間は、地域交流を推進する潤滑油になるのではないか。
京都の中心部の住民にとって、辻子は身体感覚に馴染んだ空間であることに注目して、そう考えたのは、自身も京都出身であり、このプロジェクトの設計を担当した森雅章だった。

「京都の町の特徴というと、町家の格子デザインや瓦屋根などが挙げられますが、それ以上に京都独自といえるのが、辻子や路地といった街路空間です。最近の公共施設は、人びとの交流の場や憩いのスペースとして、建物内に吹き抜けのエントランスやホールをつくるケースが見られますが、もっと気軽でバリアのない、扉を開閉しなくても自由に出入りできる空間を交流の拠点にしたいと考えてたどり着いたのが、辻子だったんです」

朝から晩まで地域住人に限らず誰もが通り抜けや休憩ができることに加えて、車が入ることのできない路地空間は、子どもにとっては格好の遊び場として、また、大人にとっても都心のオアシスとして受け入れられた。

こうして設計の骨子は決まったものの、美観地区に対して条例で課されたデザイン規制をクリアすること、地域住民の理解を得ることなど、古都・京都で新たな建物を設計するには乗り越えなければならないさまざまな制約があった。
「職住共存の一軒家が建ち並ぶ地域に大きな建物があると、どうしても威圧感を与えてしまいます。ヒューマンスケールで見たときに違和感を覚えないよう、屋根や格子などを民家の間口サイズに合わせるなど、極力小さく分割することによって、施設を周囲の景観と連続させるように工夫をしました」

途中、京都市の景観条例が改正されたため、これに応じるかたちで設計変更を余儀なくされた。だが、規制が厳しくなったことで、素材についてもデザインについても試行錯誤を重ね、より町並みに合う建築を考えることができたのではないか、と森は振り返る。

町並みとの調和を図るうえで、もうひとつ大きな要素となったのが「色」だった。設計初期の段階で周辺地域の路地を歩き尽くした森は、京都の町家の色は黒いトーンで統一されていることを、改めて認識したという。

「公共建築というと、茶やベージュなど無難で明るい色が選ばれがちですが、周辺を隈なく歩いたことで、町家の格子や建具、瓦などは黒やいぶし銀を主とした渋い色だとよくわかりました。そんな中でここだけ明るい色を使っても、合わないだろうと」

自身の足で歩いたからこそ、確信を持って黒や鈍色をメインに選ぶと同時に現代的な建築資材を用いたことによって、本能館は竣工時から、周囲の町並みに違和感なく溶け込むものとなった。

地域住民を巻き込むと同時に

設計サイドもまちづくりに参加

プロジェクトの完成を心から楽しみにしている地域住民の期待の大きさを思うと、決して中途半端なものはつくれない――そんなプレッシャーはあったというものの、まちづくりに対する住民の熱意は、設計者にとって大きな力となった。

「設計から竣工まで、段階ごとに数多く直接対話を重ねましたが、竣工式のときに、地域の跡地活用委員会の方が涙を流しているのを見たとき、プロセスを共有したからこそ、完成したことの喜びも共有できたのだと思いましたね」

その熱意は、さまざまなかたちで施設に還元された。本能地区は、マンション住いの人を除くと、地域住民の3分の1が染めにかかわる仕事をしている職人の町。特別養護老人ホーム内のみちしるべ(住所表記)に染め抜きの暖簾を利用したことも、職人の技を活かしたこの地域ならではの、まちづくりの一環だった。

夏祭りには縁日の屋台が出店し、年末には餅つき大会が行われる。地域住民の好評を得た辻子空間は、設計者の想像以上に使いこなされているという。また、堀川高校の生徒が老人ホームで演奏会を開くなど、高齢者福祉施設と高校のあいだの交流が行われているのも、2つの建物が同じ敷地にあるからだろう。

本能地区では、毎年、春秋に染めのまちを前面にアピールするイベント
「おいでやす染のまち・本能」が開催されているが、竣工後は、辻子に設けられた本能ギャラリーをはじめ、本能館もイベント会場として活用されている。

設計から竣工まで、地域住民を巻き込みながら、地域の景観づくり、まちづくりへの参加を試みた本プロジェクトは、建築の新たな方向を示唆しているといえるだろう。

【2006年】 日本建築家協会優秀建築選2006選定作品
SDA賞<日本サインデザイン協会>
関西照明技術普及会賞
【2007年】 日本建築学会作品選集2008選定作品
グッドデザイン賞<日本産業デザイン振興会>
SDA賞<日本サインデザイン協会>
第3回イベント大賞 制作賞
<日本イベント産業振興協会>

( * 写真:エスエス大阪)

本編は2007年12月発行「対話力は設計力」-01号 [発行:安井建築設計事務所、制作・編集:株式会社Eat creative]から転載されたものです

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