10号 東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館映画保存棟Ⅱ

映画への思いをかたちに

東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館映画保存棟Ⅱ
キャノピーのトップライト

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東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館映画保存棟Ⅱ

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フィルム保存庫

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スリット

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光の三原色 (RGB) の壁

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踊り場のサイン

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約100年前のポスター

機能・デザイン。その両面から、

映画への熱い思いをかたちにした。「映画保存棟Ⅱ」

世の中のあらゆるものがそうであるように、デジタル化が進む映像の世界。だが、その一方で、19世紀に誕生したフィルムというアナログメディアに愛着を持つ人びとがいることも、また事実である。

古今東西の名作の上映をはじめ、ポスターや映画資料の展示を行う東京国立近代美術館フィルムセンター(以下、NFC)は、日本で唯一の国立映画機関だ。小津安二郎、黒澤 明、マキノ省三、ジャン・ルノワール……国内外の名匠や女優・俳優の大型特集など、アーカイブを持つ施設ならではの企画上映に熱心に足を運ぶ映画ファンは少なくない。

作品の上映と並んで、NFCは国の大切な文化財であるフィルムを保存・収蔵するという大きな役割を担っている。劣化しやすいフィルムの保存を目的に相模原分館が建設されたのは、今から4半世紀さかのぼる1986年のこと。その後も増加する収蔵フィルムを最良の状態で保存するために増築されたのが、2011年3月に竣工した「東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館 映画保存棟Ⅱ」(以下、映画保存棟Ⅱ)だ。

既存の白い建築に対して、外装に黒いレンガを利用することでモノクロフィルムのイメージを喚起するなど、建築全体に映画をモチーフにした意匠を施した「映画保存棟Ⅱ」は、機能・デザインの両面から、映画への強い思いをかたちにした建築である。

湿気や外気から、フィルムを守るために

提案された、”6面6層の魔法びん構造”

プロポーザルから設計、そして現場まで担当した棈木(あべき)賢一は、

「フィルムを守るために、どんな収蔵庫をつくればよいか。NFCの方が何よりも重視したのはその点だったので、過去の収蔵庫設計のノウハウを検討しながら、まずはフィルムを最良の状態で保存する方法や機能について提案させてもらいました」と話す。何十年と長らえてきた古いフィルムは、適切な保存環境に置かなければ、劣化してしまう。徹底した温湿度管理をするのはそのためで、地下のフィルム保存庫内は年間を通じて温度2℃、湿度35%に保たれているように、保存庫はいわば冷蔵施設といえる。

「地上であれば、食品の保冷施設などがありますが、冷蔵機能を持った地下収蔵庫という施設自体、絶対数として圧倒的に少ないものなんです」
地下は年間を通じて安定した温度に保たれている半面、湿気の影響を受けやすい。上下前後左右の6面すべてを外防水し、建築全体を外断熱するなど、保存庫を空気層で囲んだ”6面6層の魔法びん構造”という設計案は、環境に左右されるフィルムの特性を熟考して提案されたものだった。

「空調も、温度と湿度をそれぞれ細やかに制御していますし、各保存庫を仕切る壁もすべて断熱しています」

さらに、フィルム保存庫のあるフロアには、「ならし室」という一般の人には聞き馴染みのない部屋も用意されている。

「たとえばエレベーターホールと保存庫内では20℃前後の温度差があるので、いきなり保存庫から外に出すと、夏場に冷蔵庫から出した缶ジュースのように、鉄製のフィルム缶はすぐに結露して、フィルムに負担をかけてしまいます。そこで保存庫から出したフィルムは、いったんこの『ならし室』に数日置いて、温度をならしてから外に出しているんです」

フィルムという文化財を守り、後世に残すため、完璧に保存・収蔵できる建築をつくる。機能面において、細心の配慮が求められた「映画保存棟Ⅱ」の最大のハードルは、基本設計を1カ月間でまとめなければならないというタイトなスケジュールだった。

保存機能と映画をモチーフにした意匠が見事に融合した、

フィルムアーキビストお墨つきの映画保存棟

棈木とともに、一から「映画保存棟Ⅱ」の設計に携わった中村敏子は、

「時間がないことはわかっていたので、厳しい条件の中でよりよいものをつくるため、NFCの方ともども全員協力態勢で取り組み、懸案事項についても会議の場で、即断即決で進めていきました」と、プロジェクトを振り返る。

フィルムを万全に保存することが最優先される設計ではあったものの、

「新しい保存棟を設計するに当たっては、やはり映画をモチーフにした意匠を展開したいと思っていました」と、棈木が語るように、1.白と黒、
2.光と影、3.コマ割りと連続、4.スリット、5.光の三原色と、「映画保存棟Ⅱ」の内外観には、映画を感じさせる要素がちりばめられている。

「収蔵フィルムの多くは古いモノクロフィルムなので、建築家の芦原義信さんが設計した既存棟の白に対して、外観は映画フィルムの35及び70ミリというサイズを連想させる、黒いレンガで表現しました」(棈木)

すでにある建築に増築する場合、まず、2つの建築が調和するかどうかということが議論される。だが、この点について中村は、

「調和=なじむ、となりがちですが、互いに引き立て合うことも調和のあり方ではないかと考え、白と黒のコントラストを提案しました」と語る。

エントランスのキャノピー(庇)に設けた、映画のスクリーンサイズに合わせた3種類の採光ガラスがつくる光と影。窓のない地下室の印象を明るくしようと、光の三原色をモチーフに日本の伝統色で彩った壁面。コンクリートへの転写技術によって再生された、100年前の映画ポスター。圧巻は、ガラスにはさみ込んだ映画『紅葉狩』の全フィルムだ。

「ちょうど設計期間中に、『紅葉狩』が日本映画として初めて国の重要文化財に指定されたこともあって、その複製をガラスにはさんで展示できないかと提案したんです。そしたらNFCの方が”どうせなら、1054コマ104メートル、すべて見せたい!”といって(笑)。ちょっとした風圧ですぐにずれるフィルムをきれいに密閉・接着するのは大変な作業なのですが、施工担当者も映研出身の映画好きで、妥協せずに試作を重ねてくれて……。サンドイッチガラスは竣工日の朝、現場に到着しました」
建設中の様子を記録映画として残すことを提案したとき、「(会議の)参加者全員が身を乗り出してくる感じでした」と、自身も映画ファンの棈木がいうように、映画好きが集まった現場は、映画の神様に見守られていたかの如く、タイトなスケジュールが突きつけるハードルをクリアしていった。

「フィルムアーキビストとして世界各国のフィルム保存庫を見て回っていて、ノウハウも持っているNFCの主幹研究員の方が、完成した保存棟を見て、”世界一のものができた”とおっしゃってくださったように、みなさんが喜んでくれたことは、本当に嬉しかったです」

未来の財産であるフィルムは、保存のための万全の機能に加え、かかわった全員の、映画への熱い思いで守られている。

【2011年】 SDA賞 入選
D類=空間・環境表現サイン部門
<日本サインデザイン協会>
ディスプレイデザイン賞 入選
G類=ディスプレイ全般
<日本ディスプレイデザイン協会>

写真:*小林研二写真事務所

本編は2011年12月発行「対話力は設計力」-10号 [発行:安井建築設計事務所、制作・編集:株式会社Eat creative]から転載されたものです

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