20号 東京国立博物館

後世に継承する、建築と都市景観

東京国立博物館

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博物館活動が積み重ねられることで、建物自体も成長してゆくさまに

改修やメンテナンスを通じて立ち会えることが、博物館設計の醍醐味

 明治5年に誕生したわが国最古の博物館として、日本や東洋諸地域の文化財の収蔵・展示、調査・研究を行っている東京国立博物館(以下、東博)。明治15年に上野公園へ移転した東博は、関東大震災や世界大戦など時代の波をくぐりぬけ、現在「本館」「表慶館」「東洋館」「平成館」「法隆寺宝物館」、そして「資料館」「黒田記念館」と、7つの館から構成されている。
昭和59年に竣工した資料館の設計に携わった安井建築設計事務所は、その後も皇太子殿下御成婚を記念して平成11年に竣工した平成館の設計、本館、東洋館、表慶館、黒田記念館の改修、そして東博の新たな顔となる「正門プラザ」の設計を担当。国の文化財を守り、後世に継承するという大きな役割を担う東博の建築群に、30余年にわたって関わり続けている。

 これまでも国内外の博物館やホールの設計に携わり、平成館と正門プラザの設計および他館の改修と一連の仕事を手がけてきた木村佐近は、
「博物館やホールの場合、中で行われる活動(=ソフト)が積み重ねられることで、建物(=ハード)自体も成長していきます。建物ができたらそれでおしまいではなく、改修設計やメンテナンスを通じて建物が成長・発展してゆくさまに立ち会えること、それがこの仕事の醍醐味ですね。また、一連の建物が、それぞれの時代の建築技術やデザインの潮流を表す展示品になっていることも、東博ならではの特徴といえるでしょう」と話す。

上野の森という土地が持つ歴史と都市軸の上に景観を構成する

この明確な指針から提案した"上野の森をルーブルに"という構想

 昭和の終わりまでに完成された、当時の最新技術を取り入れることで、平成という時代を象徴・表現することを意図して設計された平成館。それまで東博になかった企画展専用の大展示室や大講堂が設けられた同館は、文化財をベストな状態で収蔵・展示できるよう、温・湿度管理をはじめ、研究員の細かなリクエストを満たした建物になっている。だが、建物単体の完成度同様、あるいはそれ以上に木村が重視したのは、上野の森全体を俯瞰し、その景観の中での東博のありようを考えることだったという。

「平成館は設計期間も工期も長く、その間、自分でも上野の森の歴史を調べていたので、現場では江戸城と寛永寺を結ぶ都市軸や、この土地が持つ歴史を体感しながら、その時間の延長上で仕事をしていました」
東博は、その最盛期、上野公園を中心に30万坪を超える境内の広さを誇った寛永寺の跡地に建っている。かつては本館2階にある便殿(皇室用貴賓室)から江戸城本丸を望むことができたように、都市軸の上に位置する建築群には、パリのルーブル美術館との共通点があると、木村はいう。
「東博以外にも、上野の森には国立西洋美術館、東京都美術館、東京文化会館など、多くの芸術・文化施設が集積していて、その規模はルーブルにも匹敵します。この建築群をルーブルのように地下でつなげば、日本の芸術文化の拠点として、同じような価値が生まれるのではないか。そんな考察から"上野の森をルーブルに"という提案も行いました」

 上野の森全体を俯瞰し、都市軸の上に景観をつくる。新築・改修を問わず、この視点を東博の建築群を継承する上での指針と捉えた木村は、
「改修は新築に比べて難しいといわれますが、新築も改修も、土地が持つ歴史やさまざまな制約の中で設計するという意味では、あまり差異は感じていません。ただ、東博の改修の場合、当時、最先端で活躍した建築家が大変な労力をかけて設計したものに手を加えるので、同じように建築に携わる者として、まず彼らへのリスペクトがあります。設計者に対してだけではありません。建物には職人の手の跡も残っているので、そういうものを大事にしたいと思うことも、新築との違いですね」と話す。

文化財の大切さを鑑賞者に感じさせず、あっけらかんと自然に見せ、

継承されてきたものを後世に残すこと。それが設計者の仕事

 入口の正面中央に大きな吹き抜け空間を設け、その両サイドに展示室を配置する――本館、表慶館、東洋館に共通する、この空間構成上の特徴を踏襲した平成館は、長寿命の材料を用い、外壁や屋根を二重構造にすることで、作品を安定した環境で収蔵・展示する"六面魔法びん構造"を取り入れた、しっかりつくり込まれた建物である。また、どこの国からどんなサイズの作品が来るかわからない企画展用の大展示室は、展示ケースの高さや奥行の調整も自在な、ニュートラルなホワイトボックスに仕上げている。

「収蔵・展示する国宝に万が一が起きることは許されないので、平成館は、展示空間も収蔵庫もフルスペックでつくりました。設計に当たっては、研究員の方に教えていただきながら、自分たちも相当勉強したので、このときに学んだことは、その後、手を入れた他館の改修にも活かされています」
展示品の関連性を感覚的に掴めるように、手前から奥まで、ひと部屋全体を見通すことができる展示方法。作品を引き立てる照明の質や当て方。目の前にあることが気づかないほどクリアで反射が少なく、鑑賞者が作品と直に対峙できる高性能ガラス。作品をもっとも美しく見せる展示壁の色選び……。平成館、改修の済んだ本館1階、そして東洋館と黒田記念館の展示は、かつての、国宝や重要文化財を見せてあげますよというスタンスから大きく変わり、作品を自然に見せるためのさりげない工夫が凝らされている。

また、耐震補強を行った東洋館と黒田記念館では、改修箇所が目立たないよう、展示ケースや壁の裏側などで補強が行われている。
「縄文土器にしろ、紙に書かれた文字にしろ、今、私たちが見ることができるのは、それを残すために努力した人がいたからです。努力だけでは残らないので、場所をつくって技術を用いて……という流れの中で、展示ケース内にある、何百年、何千年と守られてきたものを普段着のまま見ることができる場所、それが博物館です。高性能のガラスや照明など、その時代の最先端の技術を駆使しながら、文化財が厳重に守られていることを鑑賞者に感じさせず、あっけらかんと自然に見せること。継承されてきたものを後世に確実に残すことが、私たち設計者の仕事だと思っています」

 一連の新築・改修設計では、最適な収蔵・展示環境を整備することで博物館の役割を果たすことに加え、多彩な教育普及活動を実施できるよう、東洋館の改修時には、新たにVRシアターを設置。また、その風格ゆえに敷居の高かった東博のイメージをより開かれたものにしようと、全面ガラス張りのミュージアムショウケースや、雨避けのあるチケット売り場などを新たに設けた正門プラザも、平成26年4月にオープンしている。
国宝クラスの文化財を収蔵する、日本最古の博物館がどうあるべきか。個人の意思を超えたところで物事が決まることも少なくなかったと設計者が語るように、都市軸の上に歳月をかけてつくられた、そして上野の森とともに形成された建築と都市景観は、次世代に向けて時を刻み続けている。

【2016年】 正門プラザ 照明デザイン賞 入賞<照明学会>

撮影:*淺川 敏 **エスエス東京 提供:***東京国立博物館

本編は2016年12月発行「対話力は設計力」-20号 [発行:安井建築設計事務所、制作・編集:株式会社Eat creative]から転載されたものです

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