世界最大級の客船を迎える東京の新たな玄関口
世界最大級の
客船を
迎える東京の
新たな玄関口
プロジェクトメンバー
設計部
杉木勇太(左)
構造部
足立幸多朗(中)
環境・設備部
伊藤圭一(右)
東京国際クルーズターミナル
クルーズ人口の増加や客船の大型化、そしてオリンピックの開催を受けて、東京都が新たに整備することを決めた大型客船用ターミナル。
土木と建築が一体となった洋上の大型建築という前例のないプロジェクトは、どのように進められたのか。意匠・構造・設備の3人の設計者がTICTについて語った。
TICTの設計に関わることになった経緯について
社内では、部署ごとに連絡会議があります。東京オリンピックの開催決定後、私が「社内で東京オリンピックの関連業務はないのですか」と、繰り返し尋ねていると、しばらくして上司から「東京都から発注された案件があるけど、担当するか」と聞かれました。その時点では、何を設計するのかは知らされていませんでしたが、意思表示をしていたことで声をかけてもらえたのだと思い、「やります」と即答しました。
確かに手を挙げると、任せてもらえるところはありますね。私の場合、上司から「今日、空いているか?」と急に聞かれたので、服装も打ち合わせ仕様でないまま(笑)、いきなり東京都のキックオフミーティングに参加しました。陸がないところにどうやって建てるのか。五里霧中の状況から、プロジェクトに関わった感じです。
私はちょうど出張中でしたが、「今、こういう仕事が決まったから、他は調整して、とにかくこの仕事のために身体を空けてほしい」と、東京都からの発注が確定したその日に上司から電話がかかってきました。技術的なハードルの高い案件が来るときは、だいたいこういうパターンです(笑)。
担当が決まってまずやったこと、準備したこと
まずは類似事例の研究ですね。いちばん近いところで横浜の大桟橋に足を運び、どういう機能があるか、施設がどう利用されているか、動線はどうなっているかなどを見てきました。そもそも豪華客船がどのようなものか、想像しきれていなかったので、どんな人が乗船し、船内でどんな過ごし方をするのか、世界の豪華客船のトレンドなども調べました。乗船することも考えましたが、値段的に叶いませんでした(笑)。
私も類似事例を探しました。同じように、海上の人工地盤に建てたターミナルが沖縄にあります。ただ、人工地盤に設置しても問題のない2階建ての小さなもので、TICTとは規模がだいぶ違いました。設計方法を詰める以前に、そもそも土木のジャケット工法がどんなものかもよくわからなかったので、まずは製作している工場に実物を見に行きました。
同じ構造物をつくるといっても、建築と土木ではレギュレーションがまったく違います。現地のエンジニアの方に、何に注力して設計したか、ポイントを尋ね、そこから土木と建築をつなぐ方法を考えるのに1年ほどかかりました。
今回は構造と設備にとって、技術的なハードルの高いプロジェクトでしたよね。空港の設備設計は経験していましたが、船のターミナルは初めてだったので、私も乗船者はどんな方々か、年齢層や、どのくらいの旅程で船旅をするか、あとはターミナルの役割などを調べるところから始めました。旅行会社や実際、船旅をしている人が書いているブログなども参考にしました。
海上のターミナルは建築の絶対数が少ないので、発注側のみなさんもよりよいものをつくるために勉強したいという気持ちがあったようです。フロリダにフォート・ローダ―デールという世界最大級の港があって、ここでは船舶関連の企業が集まるカンファレンス(見本市)が行われています。世界の客船を誘致するため、東京都もブースを出すことになったので、この時期に合わせて伊藤さんと私は現地視察に行かせてもらいました。ここは豪華客船の寄港地で、現地では客船文化というものを肌で感じましたね。
どんな建築でも、設備に必要なものはある程度、共通しています。重要なのは、同じ技術をどのように使うかです。杉木くんもいっていますけど、フロリダを視察したことはいろいろ参考になりました。
たとえば飛行機は200~300人の乗客が10分刻みで到着し、国際便では300人単位で出国審査が行われるというスキームで動きます。いっぽう大型客船の場合、一度に5000人に対応することが求められるので、待ち合い場所の空間の取り方が変わります。また、空港ではターミナルに免税店やレストラン、ショップを設けますが、船の場合、消費は船内が基本で、ターミナルに長時間滞在することは前提とされていません。
その辺りのことはフロリダで、船会社の関係者の方々にもヒアリングしましたね。
日本でまったく同様にはできませんが、サービスの基本的な考え方などは視察を通じて理解しました。
社内で意匠・構造・設備が協働できることの強み
TICTの前に担当した建物は、意匠の設計者が別の設計事務所の方だったのですが、社内で意匠・構造・設備の担当者が一緒に仕事をできるとコミュニケーションを図りやすいし、風通しがいい。何より現場に入ってからもスムーズです。やはり社内で設計の全部門を協働できることは強みだなと、今回、思いました。
やはり相談できる人がすぐ近くにいるのはありがたいことです。それが当たり前になっているので、そうではないプロジェクトは想像しづらいですね。伊藤さんと足立さんに怒られることもありましたが、頻繁に相談させてもらっていました。
それは無邪気に屋根の形状を変えてきたりするからですよ。
実際、かたち(デザイン)と構造は密接に関わっています。最初、何となくこんなイメージです、というものをふたりに見せて、このかたちだとこういうやり方ができる、いや、構造的な合理性を考えると、かたちはこうした方がよいだろう、とか。そういうやりとりを重ねながら、デザインを詰めていきました。
今回は与条件として、土木のボリュームがこのくらいになる、ということが決まっていましたから。制約があるなかで、どんな形状にできるかということを含め、かたちが定まる以前から、意匠・構造・設備で話し合っていましたね。
TICTというプロジェクトを振り返って
TICTは、関係者の数がとても多い大規模なプロジェクトでした。そのなかで物事を進めるには、各所で説明が必要なだけでなく、その説明を最適なタイミングで伝えることが大切です。逆にいえば、その点を考慮して交渉すれば、物事は上手く進むので、今回は説明のタイミングを見極めることの重要さを叩き込まれました。
構造は専門的な技術の話が多く、他の方々にとってブラックボックスになりがちです。そうならないよう、関係者に理解してもらえるように伝える努力をすることも、このプロジェクトで培ったもののひとつですね。
TICTは、私にとってゼロから担当した初めてのプロジェクトでした。自分が描いた図面が現場で成立するか、工事の段階で問題が生じたときにどう対応していくか。解決策も、まずは自分で考えたことなど、トラブルを含めてすべてが血肉になっています。
上司や先輩の手伝いという立場でなく、主体的に考えて行動する、この自分自身のマインドの違いはやはり大きかったです。
たしかにマインドの違いは大きいと思います。今回は洋上施設であることを含めて難しい条件が多く、発注側も、施工・設計側も経験に基づいた判断がしにくいなか、20~30社が関わるプロジェクトでした。そんななか、気づいたら私自身が最終判断に近いところで意思表示をしないといけない立場になっていたんです。
いつも皆さんから「伊藤さん、どうしますか」と尋ねられていましたよね。
竣工後、杉木くんとオープンセレモニーに参加したとき、担当の方から「全体を誘導する役割をしてもらえて、ありがたかったです」といわれて、このプロジェクトにおける自分の役割や立ち位置を改めて感じました。
足場が取れて、建物の全貌が見えたとき、東京都の方に「すごいものをつくりましたね」といっていただけたんです。その方はイベント企画などもされていて、打ち合わせを重ねてきましたが、「建物のイメージを損ねるような中途半端なイベントはできない」と、いってくださって。建築側の意図に共感してもらえたことは本当に嬉しかったです。
この仕事はちゃんとやっていれば、人の役に立っていることを実感できるし、ありがとうといってもらえる。それは幸せなことですよね。あとTICTは、地域の風景、アイコンになっていて、そういう建築を自分が関わった仕事として、子どもに見てもらえるのも嬉しいです。
実際、TICTを子どもに見てもらう以前、在宅勤務中に家でBIMのソフトを動かしていると、「何、これ!」と、受けがよかったんですよ。自分の仕事に子どもが興味を持ってくれることはやりがいになるし、あと、かたちになるということも、建築という仕事のおもしろさです。
このプロジェクトではフロリダを視察しましたが、仕事で中国やインド、ヨーロッパなどにも足を運んでいます。世界中、いろいろな土地に行くチャンスがあることも、建築の仕事の魅力ですね。