地域の安全と安心を支える 社会インフラの構築

地域の安全と
安心を支える
社会インフラ
の構築

プロジェクトメンバー

環境・設備部
丸尾竜一 (上)

環境・設備部
寺井千佳 (左)

設計部
中原岳夫 (中)

ビジネス創造部
伊藤 士 (右)

市立伊勢総合病院

地方都市においては、地域最大の公共施設としても注目される公立病院。地域の人々の安全と安心を守るため、災害時も機能をストップできない――そんな社会インフラを支える建物の設計を進める上で大切なことは何か。病院設計の専門性について、設計者が語った。

市立伊勢総合病院のプロジェクトに関わった経緯について

中原

私は大学での研究テーマが病院計画だったこともあり、社内では珍しいのですが、入社後は仕事の9割以上、病院設計を担当しています。今回は約10社が参加したプロポーザルで、二段階の審査を経て私たちが設計者に選定されましたが、提案書の作成段階からこのプロジェクトに関わりました。

丸尾

私もこれまでも病院の設備設計を担当することが多く、市立病院のプロジェクトが始まるということで声がかかりました。

寺井

結果的に、病院のプロジェクトによく関わっているメンバーが揃ったという感じですね。

中原

日本には約8000の病院があり、一口に病院といっても、急性期、リハビリ、療養、精神、小児病院など種類もさまざまです。規模によって医療レベルも異なり、地域によって医療供給体制や高齢化率などの差もあります。一品生産の建築の中でも、病院はひとつの設計事例を他の病院にそのまま転用しにくく、他の分野の建築以上に経験が求められるかもしれません。

丸尾

病院設計にはルールだけでなく、使い勝手を含めていろいろな考え方があります。スタッフの方も他の病院の事例について設計者に尋ねてくるので、自分の知見を説明し、意見交換しながら詳細を決めていきます。経験が多いと提案の選択肢も増えるので、病院設計を担当すると、この分野でキャリアを重ねていくという流れはあるかもしれません。

寺井

病院の場合、どうやって建築主の本意を聞き出すかも大事だと思います。皆さん、新しい病院に対してやりたいことをたくさん持っていらっしゃる。その中で本当にやるべきことを汲み取り、それに合う設計プランを提案することが必要だな、と。

丸尾

あと、病院は24時間365日、機能しなければいけない建物です。電気設備の点検時もすべては止められません。病院機能を継続するため、電源が停止する範囲を最小限に抑える電気設備をどう構築するかが病院設計の重要なところです。

中原

病院の設備では、患者さん、スタッフにとって快適で安全な環境をつくることも重要ですよね。温度・湿度・清浄度、それに照度も、ただ明るければよいわけではありません。
病院で働く方々は常に緊張を強いられているので、医療を提供するスタッフが働きやすく、オンとオフを切り替えやすい環境を整えることも大事だと思います。

コミュニケーションの重要性

中原

病院設計では、他の建築以上に建築主とのコミュニケーションが重要です。基本条件などは元々決められている場合が多いですが、幹部の方々との打ち合わせで大枠の方向性を確認後、各部署に複数回ヒアリングをおこないます。

寺井

各部署の方が何を求めているか、その詳細はヒアリングを通じて理解を深めてゆく感じですね。

中原

伊勢では約30の部署がありました。ひとつの部署のヒアリングが1~2時間としても、1回のヒアリングでトータル40~50時間ほど、スタッフの方々とコミュニケーションします。

寺井

各部署の方々は入れ替わり立ち代わりですが……

中原

こちらは7日間、朝から晩まで。この機会に設計者に考えを伝えようと、皆さん、やる気満々です(笑)
伊勢もそうでしたが、地方都市での病院建設は、地域最大の建築プロジェクトです。自分たちの安全、安心を支えてくれる施設がどうなるか、皆さん、注目していると感じませんか。

寺井

たしかに病院関係者だけでなく、市民の皆さんも注目していますね。地方では高齢化が進んでいて、地域における病院の役割が大きいので、プレッシャーもありますが、期待されているなと感じます。

将来を見据えた設計が不可欠

中原

医療法や診療報酬の改定、耐震基準の変更などに伴い、古い病院は改修や建て替えが必要になります。
ロボット手術のような新しい医療技術や機器の登場など、技術革新という時代の流れもあります。病院は制度や技術の変化に対応するため、頻繁に増改築をおこなう必要がある建物なんです。

寺井

建物自体は50年、100年の耐久性があるものの、設備の更新はかなり早く、新しい設備は効率もどんどんよくなっています。病院設計は将来的に改修ありきなので、設備の増設スペースの確保と、フレキシビリティのある設計が基本になります。

丸尾

20~30年前の建物の改修を担当することもありますが、電気設備に関していうと、昔の建物は将来、生じる改修を見込んだ設計があまりされていません。こうだったらよかったのにと思うところを、今、担当している病院の設備設計に活かすようにはしています。

中原

電子カルテのサーバーの更新や、将来、新たな設備機器を導入することを想定して、スペースや容量にゆとりを持つことは必要ですね。といいつつ機械室が大きいと、「そのスペースを他の用途に回したい」という気にもなるのですが(笑)、余裕を確保しないと、改修時、大変になります。

伊勢のプロジェクトを振り返って

中原

今回、設計する上で、伊勢という場所をかなり意識しました。意匠設計者には、その土地でしか建てられない建物をつくりたいという気持ちがあるんです。地元産木材や伊勢瓦を採用し、素材の風合いを活かしながら、歴史と文化が育んだ伊勢の景観にふさわしいデザインを追求しました。
外観デザインも、街並みのスケールに合わせるため、建物の高さを抑え、分節化しています。また、自然を取り込み、空間の特徴になる光庭(中庭)を設けたほか、使用する色や素材も伊勢らしさを意識しました。

寺井

伊勢では、井戸水を100%利用しました。それができたのは水質がよかったからです。メンテナンス時には水道水も使いますが、基本は井戸水なので、ランニングコストの削減、省エネにつながっています。上水、雑用水だけでなく、一部、空調設備にも井戸水を利用していますが、これはこの土地だから実現できたことでした。

丸尾

今回は、“災害時に真に機能する設備”を実現することが、コンセプトでした。今までも病院側と話し合って設備を整えてきましたが、竣工後は病院側に任せっきりで、正直、なかなか上手く使いこなしてもらえないところもあったんです。今回は、設計段階から病院側と最終目標を共有して、設備を構築しました。

寺井

丸尾さんは省エネ委員会、FM(Facility Management=建物の維持管理)委員会、MCP(Medical Continuity Plan=医療継続計画)委員会などを立ち上げて、病院と施設管理者、施工者、設計者の3者による会を開催していましたね。竣工後も、エネルギー消費量をグラフ化して前年度と比較し、消費の多いところをどう落とせるか検討し、改善に取り組んだり。

丸尾

災害が発生したとき、病院スタッフとしてどう行動するか。竣工前に、病院を停電にして、停電の状態や対処方法を確認・共有しました。こうしたことは思いつきでやろうとしても、病院側は動きません。災害時にどうするか、省エネのために何をするか。設計段階から話し合ってきたことで、病院の方々も建物の運用に対する意識が高まったのではないかと思います。

中原

伊勢ではMCP、省エネ、FMが相乗効果を生むようなシステムを構築しました。そのために導入したツールが、伊藤さんが開発したパノラマFMシステムです。

伊藤

パノラマFMシステムは、病院内の各室を撮影した360度パノラマ写真に、設備機器の仕様書や修繕履歴、説明書などの情報をタグ付けして、MCPマップや月ごとのエネルギーマネージメントシートを含めて一元管理できるシステムです。
トラブルが生じた場合も、施設管理者の方が入力してもらったものを見て、私はコンサルティングや支援をおこないます。

寺井

現地で何が起きているか。大阪にいながらパソコンで確認し、情報共有できるので、設備の管理にとても役立っています。

丸尾

データはバラバラに管理していると誰も見なくなってしまいますが、一元管理していると、病院のスタッフが入れ替わっても引き継ぎもしやすくなります。先ほど説明した、竣工前に実践したMCPも動画に収め、一元管理しているので、災害時の対応などを、スタッフの教育用にも利用できます。

伊藤

ITはただの道具です。新しい道具ですよ、といって渡しても、誰にも使ってもらえなければ価値を提供できません。施設管理会社の方々は当然、従来の管理の仕方に慣れているので、まずは皆さんがどのように仕事をしているか、話を聞いて、どうすれば今より快適に維持管理をおこなえるのか、このシステムを通じて一緒に考えました。

設計の仕事の醍醐味は

中原

先ほども話しましたが、病院の設計では30前後の部署としっかりと、何度も打ち合わせをし、病院を利用する方々の反応をダイレクトに受け止めます。しんどいこともありますが、建物のエンドユーザーの声を聞く機会のないまま設計するよりも、対話を重ねて設計する方が私には合っているし、皆さんの期待を叶えられるように努める、そのプロセスにやりがいを感じています。
プロポーザルから竣工まで5年半、伊勢には約180日間通いました。足を運んだ土地への愛着から、ふるさと納税もしています。地域に深くコミットできることも設計の仕事の魅力ですね。

寺井

私は病院以外にもいろいろな種類の建物の設計をしていますが、病院は他の建築以上に会う方の数が多く、普段は会う機会のない方ともやりとりができます。
社会ではオンライン化が進んでいますが、対面で話をしながら、皆さんの思いを汲み取りつつ、自分がこれと思うところを提案する。そこに設計の仕事の面白さはあります。

丸尾

周知の通り、電気は生活に欠かせないものです。特に病院の場合、災害によって停電が生じても、病院機能を停止してはいけないので、その使命感がやりがいにつながっています。
設計者の仕事は設計するだけではありません。建物がどう利用されるか、竣工後のことも考えるのが設計者の役割だと思っています。

伊藤

FMシステムの設計はパソコンよりも人と向き合う仕事です。建築のような制約がなく、自由度が高いゆえに役に立たないシステムも乱立し、まだ世間の信頼を得ていないことを痛感しているので、施設管理会社の方に「パノラマFMがないと仕事が回らないよ」といってもらえたときはたまらなく嬉しいですね。
喜んで使っていただけた時の感動と安堵感は、建築もITツールの設計も同じだと思います。

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