外と内と人をつなぐ、ひらかれた文化ホール

外と内と人をつなぐ、
ひらかれた文化ホール

プロジェクトメンバー

設計部
棈木賢一 (右)

設計部
古賀愛乃 (中)

設計部
尾重綾乃 (左)

平塚文化芸術ホール

全国的に有名な七夕まつりが開催される平塚の地に、2022年春に竣工した平塚文化芸術ホール。七夕をモチーフにした大ホールや多目的ホールと公園がガラス越しにつながっている――そんなひらかれた、人の行き来や芸術への興味を促すホールの設計はどんなチームで進められたか、3人が語った。

平塚文化芸術ホールのプロジェクトに関わった経緯について

棈木

ホールの設計はほぼ、複数の会社によるコンペで決まるので、まずはよい提案をして勝つことが前提です。過去にホールを設計した経験はありましたが、その後いくつかの挑戦を経て、今回のPFI事業(DBO方式)*1で、平塚文化芸術ホールの設計・事業者となることができました。
このプロジェクトが始まった年に入社したのが、大学でホール計画を研究していた古賀さんで、これはちょうどよいという話になって。

古賀

大学の教授は劇場建築を研究されている方だったんです。研究室では自分の疑問や気づきから、自由にテーマを決めるようにといわれましたが、学生時代にピアノとオーケストラをやっていた私は、ホール利用者として疑問を覚えることもあったので、ホールの設計を研究したいと思いました。

尾重

私は中途入社で、他に内定をいただいた会社もあったのですが、「入社後、どういう案件に関われますか」と尋ねたとき、ホールの設計の話が出たのが当社でした。
ピアノ奏者として音大への進学を目指していた時期もあった自分にとって、ホールはとても馴染みのある場所です。その後、設計の道に進みましたが、やはりホールを設計したい気持ちはあったので、そのチャンスがあるならと、入社を決めました。

棈木

入社1年目で、自分の研究テーマだったホールの設計を担当できた古賀さんはシンデレラガール、転職早々に本当にホールの設計を担当できた尾重さんはラッキーガールですよ(笑)。

古賀

私が大学院で研究テーマにしたのは、ロビー・ホワイエなど共用空間の活用のされ方です。有料ゾーンのホワイエは、チケットのない人は立ち入ることができず、文化芸術に関心のある方のための施設になる傾向があります。
来館者が自由に入れるスペースを広げると管理が増えるといった課題もある中で、最近は公演がないときにイベントを開催するなど、ホール側もホワイエという場の利用方法を模索し始めています。平塚文化芸術ホールは公共施設なので、公園と連続し、日常的に市民にひらかれた場所にしてはどうかと、ホール前のロビー空間を開放することを提案しました。

棈木

設計者にとって、公共施設は建物を利用する人の姿が見えることが魅力のひとつです。利用者にとっても、自分が来た目的とは別に、そこで開催されているイベントなどに出合えるのは、公共施設ならではかもしれません。

尾重

出演者にとっても観客にとっても、同じ舞台は二度とありません。泣いたり笑ったり、ホールでの経験は絶対的で、訪れる人の人生を左右するかもしれない記憶に残る場を設計することに責任も感じます。同時に平塚文化芸術ホールは普段使いできる空間にもなっているので、ここに来ることで、芸術全般に関心を持つ人が増えればいいなと思っています。

平塚らしいホールをつくるために提案したこと

古賀

まず、考えたのは外から入りやすい雰囲気にすることでした。多くのホールは壁で視界が塞がれていますが、ここでは人の姿を見えるようにしましょう、と。机や椅子、ベンチなどを置いて、散歩などで施設に立ち寄った人も思い思いの時間を過ごせるような余白もつくりたいと伝えました。
あと、大ホールという有料ゾーンの一部をひらいているので、それを目の前の公園とつなごうというのも、この敷地ならではの提案でした。

尾重

私は基本設計から参加しましたが、いくつかの会社が一緒に作業する過程では、いろいろな意見が出てくるので、軌道がずれそうになることもあるんです。
そういうとき、中心となったメンバーで考え、共有した「公園とホールをつなぐ」、「空間の使われ方に余白をつくる」、「活動をみる・みられる」といったコンセプトを、棈木さんが皆さんにしっかり伝えてくださったことで、ブレずに進めることができました。

棈木

このプロジェクトは提案段階から設計事務所、建設会社だけでなく、運営会社、施設管理会社も一緒にコンペに参加するというコンソーシアム*2でつくる前提でしたが、そのよさが最大限発揮されたと思います。
平塚にしかない特徴を持った素晴らしいホールをつくろうという目標を共有していたので、相違があったときもどうするべきか、真剣に意見をいい合える関係を保てた、奇跡的と思えるメンバーでした。

古賀

市の方々も自分たちのホールをつくるのだと主体的に考えて、コミットしてくださいました。問題が起きても、ひとつずつ解決してゆくので、一緒にやっている感は強かったです。
あと、劇場コンサルタントの方が企画してくださった各地のホールの視察、これもすごく楽しく、貴重な体験でした。

棈木

北は岩手の釜石から、南は鹿児島の阿久根まで。

尾重

舞台に立つ方や運営の方にとってはこういう動線が使いやすいとか、舞台特殊設備と建築の取り合いなど、コンサルタントの方が現場で細かいところまでいろいろ教えてくださったホール視察はすごく勉強になりました。

古賀

一緒に移動して、一緒にホールを見学して、一緒にご飯を食べて。みんなが仲良くなり、共通のイメージができましたよね。

棈木

今回、残念だったのは、コロナのためにコンソーシアムの皆さんと現場途中の懇親会や打ち上げができなかったことです。コンペ時の勢いからすると、コロナがなければ、もっと皆さんといろいろできたこともあったと思う、そんなメンバーでしたから。

古賀

確かにところどころで盛り上がることができなかったのは残念でした。本当はコンソーシアムや設計メンバーでバンド演奏のような“ホールはこんな使い方もできちゃいますよ”という発表会ができればよかったんですけど(笑)。

尾重

そこは不完全燃焼でしたね(笑)。ぜひいつかやりたいです。

プロジェクトの経験を、今後どう活かしてゆくか

尾重

今、老朽化などで建て替えや改修の時期を迎えているホールが増えています。その流れで調査の仕事などもあり、社内ではホール経験者ということで、平塚文化芸術ホールの後も、地元で進んでいる大規模な再開発事業に入るホールの設計を担当させてもらっています。

棈木

自分の地元のホールを担当できる尾重さんは、やっぱりラッキーですよ(笑)。

古賀

今まではどうホールを利用するか、利用者目線のわかりやすい部分を中心に考えていましたが、今回、劇場ホールそのものの設計の難しさを学べたことが大きかったです。
座席からの視線・配置の検討など、ホール設計は立体的空間要素が強く、工法も難しい。舞台は照明、音響、機構と3つの専門分野から成り立っていますが、すべてをすぐに理解するのは容易ではありません。

尾重

同じ形状のホールはひとつもありませんし、設備もそれぞれ異なります。たとえば平塚文化芸術ホールは客席と舞台が近いことが特徴ですし、奈落はないので、次に奈落のあるホールを設計する際は、一から勉強することになります。一般の建築にはまずないものが多いことも、ホール設計の難しさだと思います。

古賀

次に新しいホールやホールの改修に関わるチャンスが来たら、ホールとは何か、その中身を知ったからこそ、土地や条件に合った提案をしたいですね。

棈木

私のホール設計の経験において、待望のコンペで勝てたのが、平塚文化芸術ホールでした。予算と意匠とのバランスの中で、大ホールの内装は、古賀さんと尾重さんのがんばりもあって、七夕のイメージを実現するなど、今回もいろいろな経験を積めたと思っています。

尾重

平塚は七夕まつりで知られているまちです。この場所は七夕イベントの終着点だったので、時期ではなくてもホールの壁面は七夕を感じられるものにできないかという話になり、私たちも七夕まつりに参加しました。
その雰囲気を大ホールにも表現しようと、3人でアイディアを出し合い、辿り着いたのが「たなばたさま」の唄の音階に合わせて、吹き流しの飾りに見立てた木製ルーバーの長さや壁の傾きを変えるというデザインです。木製ルーバーは音響の跳ね返りにも貢献しています。

今回のプロジェクトを振り返って

古賀

アイディアの提案においては誰もが平等で、自分のことばでそれを説明できれば、同じ土俵に立つことはできます。先輩や仕事先の方と対話をする中で、自分の考えを伝え、ダメ出しをされたときに代替案を提案できれば、最終的に自分がよいと直感しているものに近づいていけるのだなと、今回のプロジェクトを通じて感じました。

尾重

自分はまだ経験が足りないとか、アイディアがよくなかったとか、仕事をしていて自信がなくなり、反省することは多々あります。それでも会議などでは、自分が感じたことはきちんと伝えようと心に留めています。
設計は対話を通じて成り立つものです。感じることに正誤はないし、感じたことを発信するだけでも、そこにいる意味はあります。経験がないと、つい委縮しがちですが、自分の思いを伝えることでプロジェクトのコンセプトが決まることもあるので、設計を志す学生には臆せず意見をいってほしいですね。

棈木

最近はバーチャルや、画像の中でできあがる世界が最先端だという風潮もありますが、建築はある意味、その真逆なものです。画面をオフすれば消えてしまうものと違い、リアルにものができあがること、そこに建築のおもしろさや魅力があります。
古賀さんがいうように、コンセプトやアイディアについて議論するとき、私たちの立場はフラットです。年上だから何かを押しつける気持ちは私にはありません。いいものはいいし、自分たちだけでなく、建築主にとっても納得できるものになっているかどうかを話し合いながら、仕事は進んでいきます。

尾重

安井には、役員の方も含めて上の人たちが、若い人の意見を聞いていこうという雰囲気があるのかなと思います。

古賀

それは本当にそうですね。

棈木

若い人のよいところを取り上げながら、自分のスキルや技術も伝えながら、建築主にも共感していただく。そういう相互作用が上手くいくと、広く愛される、よい建築作品ができるのかなと思います。

PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)事業 DBO(デザイン・ビルド・オペレート)方式……公共が資金調達を負担し、設計・建設、運営を民間に委託する方式。

コンソーシアム……共通の目的を達成するため、複数の企業、団体で結成されおこなわれる共同事業。

他のプロジェクト

半田赤レンガ建物(改修)
市立伊勢総合病院
東京国際クルーズターミナル
長井市遊びと学びの交流施設 くるんと
京都競馬場