歴史的建造物を
まちづくりに活かす

歴史的建造物を まちづくりに活かす

プロジェクトメンバー

企画部
本梅 誠(左)

設計部
清水 満(中)

都市デザイン部
杉野卓史(右)

 

半田赤レンガ建物(改修)

明治を代表する建築家、妻木頼黄が設計を手掛け、複数の企業の手をわたりながら、120年の歳月を生き存らえてきた「半田赤レンガ建物」。
1996年に半田市が解体中の建物を入手してから四半世紀。歴史的建造物はどのようなプロセスで整備され、市の交流・観光拠点として再生されたのか。企画・都市デザイン・意匠設計の担当者が、プロジェクトにおけるそれぞれの役割を語った。

半田赤レンガ建物のプロジェクトに関わった経緯について

本梅

半田市出身ということもあって、私は以前から地元企業のミツカンさんの仕事を担当していました。そのつながりから行政の方とお会いして話していた際、1996年に保存・活用のために手に入れた赤レンガ建物を整備して、まちの観光スポットをつなぐ拠点にしたいと思っていると相談を受けたんです。それですぐに杉野さんに連絡を入れて。

杉野

私の所属は大阪事務所の都市デザイン部ですが、知多半島出身ということから、本梅さんは声をかけてくれたんですよね。

本梅

市からはすぐに整備事業を発注されたのではなく、まずは活用調査を依頼されました。

杉野

話を聞いていくなかで、民間が所有していた建物が解体される過程で、これは守るべきではないかという声が上がり、市が保存へと動いたこと。その背景には市民団体の方々の、赤レンガ建物への強い思い入れがあることなどがわかってきました。

清水

私は本梅さんと杉野さんが、時間をかけて調査や下準備を進め、整備の方針などもある程度、決まったあとで、設計者として入っています。私も愛知県出身ですが、正直、最初は半田市というまちが持っているポテンシャルを知らなかったんです。でも、杉野さんがいうように、関わっていくにつれ、市民団体の方だけでなく行政の方も、建物やカブトビールに対して強い思いを持っていることを理解しました。

当時の赤レンガ建物の状況や整備の進め方について

杉野

最初、建物に入ったときは文字通り、廃墟という感じでしたね。

本梅

赤レンガを背景にすると、ちょっと日本ではないような風景を撮ることができると、映画のロケにも使われたりしていました。建物が市の所有になって以降、整備を始めるまで約20年間、建物を管理していた市民団体のみなさんの呼びかけで、限定的に公開してはいましたが、電気もなかったので、中では懐中電灯で照らしながら見学するという状況で……。

杉野

今、カフェになっているこの空間には、ボイラーのような巨大な機械がそのまま置かれていたし、埃もすごくて。

清水

たしかに最初は廃墟状態で、ここからどんなふうに整備していくのだろう、と。ただ先ほども話しましたが、赤レンガ建物の周辺にいる方々のポテンシャルはとても高いことはわかっていたので、レンガの耐震補強をどのようにするか、まちの宝である赤レンガ建物の魅力を外の人々にどう伝えるか、課題を検討する際にテーマごとにチームを組めば、よい仕事ができるだろうと思いました。

杉野

赤レンガ建物の保存に動いてこられた市民団体のみなさんが毎月のように会合を開いていて、そこに本梅さんと私も参加させてもらったんです。最初はややアウェイ感もありましたが(笑)、寒い時期、焚火を囲んで話をしているうちにだんだんチーム感が出てきました。

本梅

みなさんの中には「20年間、自分たちが赤レンガ建物を守ってきた」という気概があったと思います。その分、こちらも期待にしっかり応えなければと、最初はプレッシャーもありました。ありがたいことに地縁は大きくて、私と杉野さんがそれぞれ半田市、知多半島の出身だと話をすると、ぐっと距離が縮まって(笑)。

清水

関係する方々はみなさん「赤レンガ建物を遺したい」といっていましたが、よくよく聞けば、その思い入れが何に対するものかは人それぞれ違います。私は後から参加したこともあって、建物を全体から見る視点の必要性を感じながら、改修設計と同時に企画展示の話も進めていきました。

杉野

行政の方たちは、まちづくりや観光の拠点となる赤レンガ建物を外の人たちにも楽しんでもらえるものとして再生することを望んでいたので、まちの資産を外に対してどうひらいていくかも重要な点で。

本梅

限られた予算と時間の中で、当然、できることとできないことがあります。みなさんの意見をよく聞いたうえで、話を整理することが私たちの仕事でした。

リノベーションのミッションとは

杉野

赤レンガ建物のように歴史のある建物の場合、それぞれの時代でどこに、どう手を加えられていたのか、正直、はっきりとはわかりません。熱心に建物の研究をされてきた方と意見交換し、昔の写真を見ながら、おそらくこうだったのではないかと、自分たちなりに答えを出す。今回のリノベーションは、そんなところもありました。

清水

赤レンガ建物は、ソフト面でもカブトビールという素晴らしいものがあるので、その歴史については企画展示で伝えています。また、外観は当時のままに見えても、中は完全に新しいものに置き換えるようなリノベーションは、この建物の活かし方ではないだろうと。設計者としては極力、どのように手を加えたのか、わからない仕上げにすること、我を出さない設計を目指しました。

本梅

清水さんのミッションは、来館者を安全に迎えつつ、赤レンガ建物を創建当時の姿に戻すことでしたよね。耐震補強のために赤レンガに鉄筋を注入しましたが、それ以外にも建物を整備すると、内・外観に雑物が出てきます。それをどのように扱うか。建物はもともと工場だったので、天井の配管や配線の跡は敢えて遺していますが、それはデザイン性というより、建物の歩んできた歴史を見せることに重きを置いた結果としての選択です。こうした考え方は、他のリノベーションや耐震補強工事と大きく異なる点でした。

清水

市民団体の方は、外観はそのまま遺しても、中は完全に新しい空間にしてしまうのでは、建物の活用の仕方、方向性が違うと最初からそう話していましたよね。

杉野

レンガ建物の保存・活用に取り組んでいる団体には全国ネットワークがあるので、市民団体の方たちはいろいろ事例を見ています。そのうえで、まちの資産、宝を単なる商業施設にしてしまうのはどうなのかと、そんな思いがあったようです。かつてここではカブトビールを醸造していました。一地方都市から全国区のビール市場に打って出た、その気概や誇りとともに、外からまちに来る人たちを迎えたいというみなさんの気持ちを汲み取ることも、大切なことでした。

本梅

そうですね。よそから半田を訪れた人たちを、まずはこの赤レンガ建物に連れてくる。そんなふうにまちの方たちが自慢できる場所に再生するのと同時に、この建物を次の世代へどうつないでいくかを提案することが、私たちに求められていたことでした。

リノベーション/まちづくりのおもしろさ、とは

清水

リノベーションのおもしろさは、調べれば調べるほど、建物に関わった人や歴史的な事実を掘り起こせることです。いろいろ制約がある中で、どうすればうまい具合に廃墟感を遺しながら、建物を補強できるか。社内でも構造部や設備部の技術的なサポートを受けつつ、みんなで計画を立て、知恵を出し合ってつくり上げていく。新築よりも難題が多い分、解答が見つかったときの達成感は大きいです。

本梅

120年前に竣工した建物に調査から関わっていると、当時の建築技術や工夫の仕方などを肌で感じることができます。たとえば断熱材は、今ならグラスウールを使用しているところにおがくずやコルクを使っているし、冷暖房のない時代、壁を4層にすることで、温度や湿度を保とうとしている。当時と今を比べると、材料は新しくなっているけれど、考え方にはさほど違いはないことに気づいて、鳥肌が立ったこともありました。今は企画がメインですが、設計にも携わっているので、こうした建築技術の発見も、私にとってリノベーションに関わったことで学べた点です。

杉野

建物のルーツであるカブトビールをメインとしたものづくりと、知多半島が誇る食。この2つがキーワードになることは、事業者の方々にとっても共通のイメージでした。そのうえで、赤レンガ建物を市民の宝として活用するために、意見をどうとりまとめるか。核となる考えを共有してもらえるように計画を立てることが、まちづくりに関わることのおもしろさですね。

本梅

あと、今回のプロジェクトにはいろいろな立場から、多くの人が関わっていたので、まず、話をよく聞くことを心掛けました。相手の立場で話を聞いたうえで、みなさんが納得できる提案をするというスタンス、仕事の進め方は、その後のプロジェクトにも活かされています。

杉野

設計者にとって、思いを受け止めることは大切なことです。ただ、関わる方たちはそれぞれの立場と視点から思いを語っていて、必ずしも全体像について具体的なイメージや答えを持っているわけではありません。核となる考えを提示し、それに沿ってかたちにしていくこと。それが設計者の仕事であり、責任でもあると、今回、改めて認識しました。

清水

付け加えさせてもらうなら、建築のなかでも特にリノベーションは、バーチャルにはないリアルの魅力があります。建物を調査し、前の人がどのように作業したかを理解した上で手を加える。そういうリアルな感覚で建物が再生されていくので、改修工事は建築のおもしろさが凝縮しています。新築、リノベーション、建物単位の企画からまちづくりまで、いろいろな仕事ができるのも、ある程度の規模を持つ組織設計事務所ならでは、でしょう。

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