まちに開かれた
公園のような競馬場

まちに開かれた
公園のような
競馬場

プロジェクトメンバー

設計部
宮武慎一 (右)

設計部
中村理恵子 (中右)

構造部
西田哲朗 (中左)

設計部
三井貴裕 (左)

京都競馬場

2020年11月から2023年3月まで、大規模な整備工事を行ない、2023年4月22日にグランドオープンを迎えた京都競馬場。2025年に開場100周年を迎えるにあたって、より多くの人びとに開かれた場をつくるために、どんな工夫を凝らしたのか。4人の設計者が語った。

京都競馬場のプロジェクトに関わった経緯について

中村

京都競馬場の設計は当初、社内でもごく一部の人だけが携わっている極秘プロジェクトだったんです。グループ内では何か大きなプロジェクトが動いているなと感じていました。私はプロポーザルの準備のタイミングで声をかけられて参加しましたが、その時点では競馬をしたこともなく、競馬についての知識はほぼありませんでした。

三井

僕は入社1年目の10月からプロジェクトに参加しました。たまたま新入社員研修のときに上司から「今まで競馬を見に行ったことがある人?」と聞かれて、大学時代に一度、経験していたので「あります!」と答えたのが、担当するきっかけだったのではないかと思っています。その後、このプロジェクトも担当しているグループに配属されて、基本設計の半ば頃から加わりました。

宮武

僕は別のチームに所属していたし、競馬をしたこともなかったのですが、なぜか「早く(プロジェクトに)来いよ」と声をかけられていて。非常に大きなプロジェクトなので大変だろうと思っていました。正式にチームへの参加が決まってからは、やるからにはしっかりやろうと、機能と空間がちょっと合っていないと感じていた点に対して、別のファサードやモールの断面構成などを提案しました。幸いその案を受け入れてもらえたので、そこからがっつりメンバーになった感じです。

三井

妻側のデザイン、パドック側の大庇などいろいろ提案して、基本設計の中盤以降にだいぶ設計が変わりましたよね。

西田

構造設計者としては、変更した外観のデザインの跳ね出しを見て、寒気がしました(笑)。

今まで縁がなかった人たちに、競馬場を身近に感じてもらうために

三井

中村さんはいろいろな競馬場の視察に行っていましたよね。後からチームに入った僕らも東京競馬場(府中)だけは見て来るようにといわれて、宮武さんと視察に行きました。

中村

視察の最大の目的は競馬場を知ることです。現場を見るのが早いだろうと、全国各地の競馬場に足を運びました。実際、運営中のバックヤードの様子も見せてもらえたので、参考になりました。

宮武

僕は視察時に初めて競馬をしました。負けましたけど、なるほどこうやって楽しむものなのかと、実感しました。

三井

検量*1や投票所など、競馬場には特殊なエリアがいろいろあります。知らない者からすると、動線やエリア分けが複雑なので、その辺りは視察に行ってすごく勉強になりました。

中村

普段、競馬場に馴染みのある人だけでなく、「競馬は初めて」という人たちはどんな雰囲気なら、気軽に足を運びたくなるか。その辺りは競馬を知らないからこそ〝こういう空間なら行きたくなるはず〟という目線で提案できたかもしれませんね。

宮武

僕らは途中からの参加でしたが、コンペで提案した「公園のような」とか「自然を取り込む」というコンセプトはとてもよかったので、プロジェクト参加後もその方向で木や緑、庭、光といった要素がより前面に出るような提案をしました。

中村

緑化についてはぜひ本物の植栽を入れたいと、チーム内で話していましたが、費用やメンテナンスのこともあり、なくなりかけたこともあったんです。でも、強い想いでコンセプトを丁寧に説明したことでみなさんに納得いただくことができて、ある時点からはもっと緑化しましょう、という方向に動きました。

宮武

メンテナンスでいうと、外壁のPC版*2は使用する砂や骨材、顔料なども十分に議論した上で白セメントを使い、細かい菱形の目地を入れています。この方法は塗装に比べてコストはかかるものの意匠性も高く、塗り替えの必要がないので、お客さんにも喜ばれます。あと、大庇の天然木の部分は、定期的な塗装が必要になるとわかっていたので、設計段階でメンテナンス用のラダーの設置を検討しました。

規模の大きな施設を設計することの難しさ

宮武

京都競馬場のメインスタンドは、やはりかたちが難しかったですね。25メートルを超える跳ね出しのある建物は、普段描く図面と全然違いました。どこまでできるかというチャレンジ精神から、自分たちでより難しくしてしまったところもあるんですけど(笑)、そこがいちばんしんどかったです。

中村

高層ビルのように基準階があってそれを積み上げていくのではなく、各階ごとにかたちがすべて違ったので、切る位置によって断面が違うのは、おもしろくもあり大変でもありました。

西田

宮武さんと中村さんが話していますけど、メインスタンドは東西南北に跳ね出しがあって、しかもその跳ね出しのかたちや長さがすべて違います。僕は当初、付属棟の構造担当を担当していたので、現場で平面図を見ながら、「なぜここにこの部材があるのか」といったことを自分の中で整理して、施工者さんや鉄骨業者さんと話ができるように準備しました。みなさん、担当の僕は当然、すべてわかっている前提で話してくるので、最初はその調整が大変でしたね。

宮武

もちろん設計内容の引き継ぎはきちんとするんですけど、設計の思想的な面まですべて引き継ぎができるかというと、それはなかなか難しかったりするわけで。

中村

特に意匠設計の場合、正解がないので、よい意味で設計者の考えやこだわりが図面にも表れます。こだわりのポイントやちょっとした好みは人それぞれ違うので、その辺りを解読するのは難しいところです。あとは無難なところで設計するか、ギリギリを攻めるか、とか。

西田

そういう意味では、今回の設計はかなり攻めていたと思います(笑)。

宮武

京都競馬場の実施設計図は4207枚で、今まで会社が手がけたで建築作品の中でいちばん図面枚数が多かったんです。断面図を絵としておもしろいといってもらえたのはあれだけ複雑なかたちを成立させるため、意匠、構造、設備がそれぞれ頭をひねってアイディアを出し合ったからだと思います。

三井

三冠ゲートの柱も、円弧状という複雑な配置に加えて、その下に地下馬道が通っているので、地下馬道に柱の杭が干渉しないように、柱のスパンをどう取るか、苦心しました。

西田

あれもかなり大変でした。

三井

構造と調整しながら、何とか納めることができました。でも、僕にとって、いちばん大変だったのは各種の申請手続きです。今回、場内にある200棟のうち100棟を解体して、新しく100棟を建てる計画で、100棟分の申請書をまとめなければいけなくて。そもそも数が多い上、いろいろなエリアがあって、かつ建物の用途も複雑で、やっかいな法律がいくつもあったので、山場がたくさんありました。

中村

計画変更が4回あったんですよね。工事が始まってからも長かったし、その間、調整によって平面プランが変わるたびに関連する法規が変わるので、微調整を重ねて再申請が必要になって……。

三井

図面を4回、出し直しました。

宮武

計画変更4回というのも、なかなかないと思います。

大勢の人が楽しむ姿を目の当たりにして

宮武

後からチームに入った僕と三井くんは約1年半、専属チームにいましたけど、中村さんは3年くらいいた感じですか。

中村

私は3年半くらいいました。専属チームに入ったメンバーはその間、京都競馬場のプロジェクト室に入り、常に一緒に行動していました。

三井

お昼ご飯を食べるのも、飲みに行くのも一緒だったので、メンバーの関係が上手く行っていなかったら、しんどかったでしょうね。

中村

設計の仕事は半分以上、人間関係で成り立っているなあと、本当にそう思います。

宮武

専属チームを立ち上げるのは会社にとって重要かつ難しいプロジェクトのためで、設計上のハードルが高く、苦労も多くなりますが、それも含めて今回は信頼できるメンバーで楽しく乗り越えることができました。スタジアムの設計もそうかもしれませんが、競馬場はとんでもなく大勢のお客さんが来る場所です。オープンの日に、人で溢れ返っている競馬場を見たその瞬間の喜びは、一生忘れることのできない、他では味わえない喜びでした。

中村

まだお客さんの入らない竣工式典でも感動しましたけど、大勢のお客さんが楽しそうにしている姿を見たとき、初めて嬉しさで身体が震えました。それはこの規模の設計に関わったからこその醍醐味ではないか、と。

三井

ハレの場をつくっていたことは間違いなくて、そういう施設を担当できてよかったなと思います。普段、建物を撮影するときはできるだけ人を外して撮ろうとするんですけど、競馬場に関しては人で賑わう様子を撮っていました。

西田

今回は現場に1年半ほど常駐して、解体から地下躯体、鉄骨が完了するまで、立ち会いました。事務所で仕事をしていたら要所要所でしか現場に行くことはできません。現場常駐だったことで、1から100までほぼすべて見ることができたのは本当に大きな経験で、オープンの日にたくさんの人が笑顔で話している姿を見たときは、やはり感動しました。

宮武

設計をする上では、難しいことも楽しむことが大事だと僕は思っています。楽しそうな人がいると、周囲も楽しく仕事ができます。競馬場のチームは、仕事を楽しむ空気が自然にでき上がっていたのでしょう。

三井

京都競馬場のプロジェクトに参加できてよかったとみんなが思っている。それが、プロジェクトが上手く行った最大の理由じゃないでしょうか。申請は大変でしたが、法律をどう読み解くか、行政をどう説得するか、各協議を同時並行で進めながら、いかに全体スケジュールを管理するか、その大切さも今回、学ぶことができました。

中村

設計の仕事は、自分では想像していなかったことに携わることも多く、成長の機会が多い仕事です。意外な発見や歓びがあるので、そういう偶然を受け入れ、何事にも迷わずチャレンジしてもらえたら、楽しいものになると思います。

検量……騎手が決められた負担重量を背負っているか、レース前後に確認すること

PC版……プレキャストコンクリート板。現場で組み立てて設置するため、工場であらかじめ製造されたコンクリート製の板のこと。

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