地域の活性化を促す 新たな公共複合施設

地域の活性化を促す
新たな公共複合施設

プロジェクトメンバー

設計部
山野信彦 (左)

設計部
中林原野 (右)

設計部
奥田理恵子(中)

長井市遊びと学びの交流施設 くるんと

2023年9月1日、山形県長井市にオープンした、長井市遊びと学びの交流施設「くるんと」。図書館と児童向け屋内遊戯場を一体化した、全国でも珍しい公共複合施設はどのようなやり取りを経て、繭をモチーフにしたユニークな外観へと至ったのか。気候風土や歴史の検討から始まった設計プロセスについて、3人が語った。

くるんとのプロジェクトに関わった経緯について

山野

『くるんと』のプロジェクトは最初、大阪の企画部に声がかかったのですが、山形なら東京の方が近いからと、話が回って来ました。僕は普段、学校の設計が多く、校内の図書館は設計していますが、単体の図書館や子どもの施設の設計はあまりやっていなかったので、ぜひ自分が担当したいと挙手したんです。

奥田

私は山野さんと一緒に担当していた仕事がひと段落したところで、「長井市の仕事、やってみない?」と声をかけていただきました。図書館と子育て支援の複合施設と聞いて楽しそうだなあと思い、ぜひやりたいです、と返事をしました。

山野

こういうプロジェクトに関わる機会はなかなかないので、ぜひやりたいと、奥田さんは何度もいっていましたよね。

奥田

部長から他のプロジェクトを打診されたとき、「その仕事もしますから、長井市の仕事は絶対、外さないでください」と、お願いしていました(笑)

中林

奥田さんと別のプロジェクトを一緒にやっていた流れで参加することになりましたが、僕も図書館の設計に関心があったので、ぜひやりたいと思いました。

山野

子どもの施設と公共図書館の併設は市にとっても前例のない試みで、今回は市の方と一緒に、建物はどのくらいの規模が適正かといった、与条件を整理するところから仕事が始まりました。建物全体の規模や配置などは基本、発注段階で決まっています。普段、設計者が関与しない与条件づくりに関わることは、大変な面もあったものの、おもしろいことでした。与条件設定の参考に、図書館の事例もいろいろ集めましたよね。

奥田

施設全体の延べ面積は5,000m²強と決まっていましたけど、図書館と屋内遊戯場の広さや、どんな部屋を設けるかも決まっていなかったので、必要な部屋やその広さなどについて、事例を分析しながら提案しました。

中林

公共複合施設に入るものとして、どんな図書館が相応しいか。日本だけでなく2019年に世界一の図書館に選ばれたフィンランドのヘルシンキ中央図書館「Oodi」など、海外の事例も見せています。

奥田

屋内遊戯場についても、全国にはどんな遊戯場があるか、まずはサイトを見ながら与条件を検討しました。

繭というデザインモチーフ

山野

くるんとは外観が特徴的だといわれます。たしかにそうなのですが、子どもの遊戯場=動と、図書館=静という用途の異なる施設の間にほどよい距離を取りつつ、互いの気配を感じられるにはどういう形状や配置がよいか。あと、市の方からうかがった雪の多さや北西の季節風の影響といった気候条件を検討する中で、自然と楕円形になったところもあります。

中林

もともと製糸工場があった場所ということで、繭というデザインモチーフはインスピレーションを得やすかったのだと思います。ただ、今、山野さんがいわれたように北西の風を避け、雪の影響を少なくするためにも、四角い建物よりは角を丸くしたあのかたちがよかった、ということもありました。

奥田

ただ、デザインモチーフとして繭を挙げたときの、市のみなさんの反応はすごくよかったですよね。

中林

くるんとのコンセプトや繭というデザインモチーフから、やわらかい感じを出したいと思っていましたが、曲線は納まりの点だけでなく、法的な制約もあります。予算内で収めるために、基本、外壁やガラスは曲面ではなく多角で設計するなど、課題は一つひとつ、解決していきました。

奥田

今回、完全な自由曲面はありませんが、曲面の壁の納まりは難しいからと、現場で施工者さんが原寸のモックアップをつくって実証作業もしています。

中林

図面上で描いた曲線を建築として成立させるのは、直線ほど容易ではありません。四角い部屋なら机を並べることも容易ですが、曲面の場合、家具などもそれに合ったものを設える必要がありました。

山野

製糸工場の誘致から遡って市の歴史をひも解くと、地域の人々には新しいものを積極的に受け入れようという進取の気性を感じます。あと、長井市はやはり水の町なんです。グンゼさんが長井市に工場を設立したのも、絹をつくるのにはよい水が必要で、水がよい地盤ということが大きかった。そして住民のみなさんにとって、グンゼさんの存在は僕らが思っていた以上に大きく、繭というアイディアも受け入れられたのだと思います。

制約がない中で、説得力のある提案をするために

山野

長井市周辺は豪雪地帯で、子どもたちは冬場、外遊びができません。周辺の市でも屋内遊戯場をつくっていますが、長井市には子育て世代に選ばれるように、他市に負けない施設をつくろうという気概を感じました。

奥田

たしかに県内には屋内遊戯場を持つ市が多いので、そういう事例を調べたり、視察に出かけましたが、図書館と併設しているのは長井市だけでした。

山野

長井市には、東北初とか県内初というものが結構あります。

中林

今回は最初に与条件がなかったので、決定までは大変でしたし、受け入れられたものもそうでないものもありますが、提案のしがいはありましたね。

奥田

ちょっと攻めた案でも、採用してもらえるかもしれないので、提案資料をつくるために比較表をたくさん準備しました。

山野

学校の設計では、敷地に対する建物の規模、部屋数やその広さを考え、どう納めるかを法的に解くことに時間を費やします。今回の設計は敷地が広く、ほぼどんなことでもできたので、法的な制限や機能について“こうしなければならない”という制約がほとんどありませんでした。いろいろ提案できる中で、これが最適ですと、どう伝えるかが重要で。

奥田

そのために、ものすごくたくさんの案をつくりました。

中林

可能性を広げるために、まずは自分たちの頭の中にある案をすべて出して、そこから絞っていくという感じでした。

山野

組み合わせをいろいろ変えて、マトリックスみたいになっていましたね。

奥田

ゾーニングで大きく4パターンつくって、そこから枝分かれしたものを掛け合わせて20パターンとか。建物と駐車場と広場の配置なども、ひたすら比較表をつくっていました。

山野

「法的な制約でこうしました」といわれると、市の方々も納得しやすいんです。でも、「僕らはこの案がいいと思います」というのでは、「なぜですか?」となります。理論武装ではないけれど、客観的な根拠や理由を提示して、自分たちが薦める案に納得していただくことには注力しました。今回、大変だったのはコロナ禍、対面でなかなか話ができなかったことです。

奥田

市の方々が納得してくださっているかどうか、オンラインでの反応からだと、なかなかわからなくて……。

山野

都内であれば、ある程度動けましたが、あの時期、東京から山形に行ける状況ではなかったので、みなさんの反応をリモートで察知し、本音を引き出すのは大変でした。

奥田

現地に足を運んで敷地の広さを目にしたとき、どのくらいの大きさの建物になるのだろうと思いました。

中林

そんな中でも大きな変更もなく、ブレずに建物を曲線でまとめることができたのは、現場でも施工者の方々がこの設計図をきちんとかたちにしようと、設計者と一緒になって考えてくれたからでしょう。

山野

コロナで対面での打ち合わせができなかったことをのぞけば、条件に恵まれた建築でしたね。

奥田

ここまで自由度の高い設計はそうないと思います。

今回のプロジェクトを振り返って

奥田

これまで図書館は声を出してはいけないところというイメージがありましたが、最近はある程度、会話してもいいし、読書以外のこともする場所に変わりつつあるので、今の時代に合った図書館をつくりたいと思っていました。開館後、館内でコーヒーを飲んだり、エントランス付近で会話をしている人たちの姿を見て、思い描いていたシーンを実現できたかな、と。

中林

無料で自由に滞在できる図書館は、公共施設の中でも特殊な場所で、家でも学校でもない居場所をつくるのに相応しい場所です。こうしたサードプレイスとしての図書館は、今回だからこそできたのではないかと思っています。

山野

多世代が集まる場所だったので、本のあるいろいろな居場所づくりをしたいと思っていましたけど、そこは実現できた気がします。本棚のあいだでかくれんぼしている子がいるそばで、自習している学生がいる。他の人の存在を感じつつ、それぞれが自分の時間を過ごせる場所になっているのは、屋内遊戯場や他の施設もあるからで、図書館単体で建てたら、また違っていたでしょう。

中林

市の方から「角がなくて丸みがあるから、いつ来てもやさしい場所ですね」と、いわれました。

奥田

建物もサインも、円形でやわらかくて。「包み込むようなデザインが長井に合っているね」と利用者の方もおっしゃってくださったそうです。

山野

各施設の配置と距離感はいろいろ考えたところですが、今のところ、思っていたよりも上手くいっている感じです。

奥田

「くるんと」のプロジェクトは与条件の整理、図書館の分析など、大学で研究していたことに近い作業やインテリアデザイン的な仕事もあって、それがやりがいにつながりました。設計の仕事は長期にわたるので、クライアントの方々と親しくなることができることも、魅力のひとつです。

中林

意匠設計を学んだ学生の多くは、意匠設計をすることを目指して設計事務所に入ると思いますが、自分の意見や思いがあれば、いつか実現できるので、何にでも挑戦することが大事だと思います。

山野

学生の人たちにはいつも「諦めなければ(やりたいことは)いつかできるよ」と伝えています。僕は今でも、自分が設計者に向いているかわからないけれど、好きだし、やっていておもしろいから設計を続けているし、諦めなければチャンスは来ます。「くるんと」のプロジェクトはまさにそうです。諦めずに自分を磨いていれば、いつかやりたいことはできます。

奥田

「くるんと」の縁で、私はまた山形のプロジェクトを担当させてもらうことになったので、次もがんばろうと思います。

他のプロジェクト

平塚文化芸術ホール
半田赤レンガ建物(改修)
東京国際クルーズターミナル
市立伊勢総合病院
京都競馬場