屋内と外をつないだ創作活動のための場づくり
屋内と外をつないだ
創作活動のための場づくり

プロジェクトメンバー
設計部
筧 政憲(左)
設計部
益田 正博 (中)
構造部
田口 貴史(右)
愛知県立芸術大学美術学部新彫刻棟
1966年、建築家の吉村順三と奥村昭雄の設計で建てられた愛知県立芸術大学。森に囲まれたこのキャンパスに、2024年春、新たに彫刻棟が竣工した。工房、アトリエ、交流棟が立ち並び、学生の創作活動があふれ出す場づくりはどのように進んだのか。3人が語った。
愛知芸大彫刻棟のプロジェクトに関わった経緯について
建物の与条件を決める基本調査という仕事を愛知県から受けたことが、彫刻棟の設計に携わったきっかけです。調査を担当することになって、まずは公立の芸大のあり方を知るために、東京芸大、広島芸大などに見学に行きました。
基本調査をきっかけに、基本設計のプロポーザルを出して、安井が彫刻棟の設計をすることが決まった段階で、僕はメンバーに入りました。
僕は益田さんと一緒にプロポーザルをやっていて、最初は工房の構造設計をいろいろ検討しました。当初は全ての棟を鉄骨造で考えていましたが、最終的にアトリエと交流棟が木造になって。
設計上の第一ハードルは面積の上限でした。建築主である愛知県からは、たとえ1㎡でも上限を超えないようにといわれましたが、先生方には工房やアトリエをできる限り広くしたい、面積を有効に活用したいという要望があって。工房には外から直接、出入りするので、トイレも戸外に設置するという今のスタイルに落ち着きました。
工房、アトリエ、交流棟と、建物を分棟化すると、通常、各棟にトイレが必要になり、面積的に不利になるのですが、今回はトイレを外に集約することで面積を圧縮できています。
彫刻専攻は、以前は独立した建物ではなく、アトリエ棟の一部に点在していて、そのときから屋内外の境界があいまいというか、学生は中庭と屋内を行き来しながら作業していたそうです。僕は分棟にすることが決定した後で設計に関わったのですが、先生方に「冬は寒いし、夏は暑いですけど大丈夫ですか」と尋ねると、「我々は元々外みたいなところで活動しているので、全然、大丈夫です」という答えが返ってきました。
今回、吉村順三氏がつくったキャンパス内に新たに建つ建築として、庇のデザインが重要でしたが、分棟にすることで屋外をどう有効に活用するかも大きなテーマとなり、庇を共通言語としてひとつの領域をつくるのはどうかと考えました。
彫刻棟を木造にするという提案
基本設計が始まる段階で、愛知県から「木造も検討してください」といわれたんですよね。
木造建築はどんな規模・用途でもできるものではありません。設計のチャンスを探っていた我々にとって、彫刻棟はまさに木造にうってつけの建物で、県のリクエストに対して「ぜひやりましょう」と応じました。
すぐに10項目ほど挙げて、木造・コンクリート・鉄骨の比較表をつくり、木造のメリットとして、木という材の温かみ、軽量化できること、採光性のよさなどを伝えました。
カーボンニュートラル実現に向けて、中・大規模建築の木造化も進んでいますが、まだ我々も充分なノウハウがないので、木造建築の知見がある業者さんにパートナーになってもらい、月に一度、打ち合わせをしました。
森林組合の方や、木造建築を研究している大学の先生のところにもヒアリングにうかがいました。仕上げに木を使うこともある意匠設計者は木という材をある程度知っているのでしょうが、普段、扱うのはコンクリートと鉄という構造設計者にとって、今回はいろいろ勉強になりました。
「ホワイトキューブをつくってほしい」という大学側の要望に応じて天井を張ったアトリエ棟は一見、木造とはわかりません。現場で県の担当の方から何度か「もったいない」といわれましたが、カーボンニュートラルの流れで木を使うのであれば、鉄やコンクリートと同じ扱いでよいので、小屋組みを出さなくてもよいだろう、と。照明の配線や冷媒配管など、建物に入るいろいろな設備は、天井に張った板と野地板のあいだに仕込んでいます。交流棟のように「見せる木造」は、実は手がかかるんです。
そうですね。普段使うコンクリートや鉄骨でも、見える部分の仕上げをどうするか、ディテールは検討します。今回、工房や交流棟の構造はほぼ見えるので、その見せ方を考えるため、素材から検討したことも新鮮で楽しい経験でした。
基本設計の段階では、交流棟の柱は今とだいぶ違いましたよね。
そうですね。木造の構造設計では、地震力に効くものを入れなければいけません。新築の建物にブレースを入れると目立つのではないかと、正直、最初は抵抗があったのですが、益田さんは「上手くやるから大丈夫」といってくれて。実際、黒いブレースに違和感はなく、意匠設計者は設計段階でそれがわかっているのはさすがだな、と思いました。
僕はアトリエの天井と屋根を兼ねる材として、CLT*を使えないかと検討していたんです。CLTは積層接着した木材で、構造躯体として耐力壁にもなる強度のある面材です。構造機能と意匠性を兼ね備えているので、これを使えればと思っていたのですが……。
コスト面で折り合いませんでした(笑)
エンドユーザーとの意見交換がもたらしたもの
基本設計では月に一度、先生方と打ち合わせをしました。毎回、5時間前後と長丁場の会議です。ちょうどコロナの最中で、大学では1時間に6回換気するという方針を出していたので、真冬に窓を開けなければならず、会議中も全員コートを着ていたという……。
極寒の打ち合わせは、忘れられない思い出です(笑)
でも、今、こういうかたちで彫刻棟が完成したのは、互いに納得するまで話し合いを重ねたからでしょう。
あの段階でしっかり議論を交わし、先生方の気持ちを引き出せたことで、本当につくりたい建物をかたちにできたのだと思います。竣工後、本当に喜んでくださいました。
学生たちが外に出てくるようになったといわれましたね。彫刻棟ができて、学生の目の色が変わった、作品も大きくなったし、多分、自信もついたんじゃないか、と。だから建築って大事ですよ、と話しています(笑)
先生方との打ち合わせで、ひとつ印象に残っていることがあります。立地環境なども考えて、周囲に庭園風のつくり込みをしたらどうかとランドスケープを提案したとき、「そういうことは一切しなくていい」といわれたんです。我々はそういうものを求めていないし、ほかにやりたかったけれど予算の都合で諦めたこともあるので、(その費用があるなら)工房やアトリエにかけたい、と、そこは断言されました。
内外装の仕上げも、ビニールクロスなど何かに似せたものはやめてほしい、木、コンクリート、タイルなど、素材感のあるものを使ってほしい、「なんちゃって感はいりません」と、そこはとてもはっきりしていました。芸大に通う学生のことを考える先生方の気持ちとして、それはすごく正しいことだと思いました。
メインの通路などもすっきりしていて、建築の専門家はもっとできることがあると思うかもしれませんが、あまり意図を込めず、学生がみずから場に価値を見出し、創作活動に活かせる環境を求めたのでしょう。
彫刻棟と他の現場との違いについて
今回、現場は2工区に分かれていたこともあり、1,500㎡という規模の現場が1年半から2年ほどかかりました。
建設予定地が湿気の高い場所で、地下水を流すために透水管を入れるなど、地盤造成に時間がかかりましたね。
現場では、アトリエの柱、コンクリート打放し補修の度合い、屋根のガルバリウム鋼板の色など、外装の一部を、モックアップをつくって確認していただきました。
概ねこちらの提案でOKが出て。
簡単なモックアップをつくることはあっても、実際にコンクリートを打って仕上げを確認するのは他の現場ではなかなかないことですよね。
他の現場との違いについて構造的な話をすると、普段は鉄骨造なら鉄、コンクリート造ならコンクリートのことを考えて構造計算すればよいのですが、今回は木、鉄、コンクリートの混構造の建物が多く、すべて見なければならなかったことも勉強になりました。
あと、現場で何より感動したのは木造の精度です。僕が普段扱っている鉄骨は、10mに対して±3㎜の誤差は許容値ですが、木造は1㎜のずれもありません。
木造のプロは、「とにかくコンクリートは精度が出ない」と話していましたね。
住宅の場合、1㎜はすごい誤差という寸法感覚なんです。木造の精度には本当に感動しました。
今回は建物のエンドユーザー、実際に利用する先生方と打ち合わせできたことも、他の現場との違いでしたね。普段、設計者が打ち合せするのは建築主で、今回のようにエンドユーザーである先生方とここまで密に打ち合わせをすることは、実は少ないんです。おそらくこのことが竣工後の評価にもつながっているのだと思います。
先生方の要望に対して、僕らも前向きに提案できたので、打ち合わせもすごく楽しかったです。3つの工房をガラスのカーテンウォールを連ねてつくるという大胆な案が実現したように、こちらの提案に価値を見いだしてもらえた気がします。
今、木造で計画しているプロジェクトが、規模的にも交流棟と同じくらいの空間なんです。次は2階建てなので、上にもう一層、どうやって木造を載せるか。いろいろ考える上で、彫刻棟の設計で重ねた試行錯誤は活きてくると思っています。
普段、設備は天井や壁に隠れてしまいますが、今回、工房の設備はむき出しで、現場の中盤から(設備が)丸見えだからと、設備業者の方も積極的にいろいろ提案してくださって、チーム感がどんどん出てきました。そうなると現場も楽しくなるし、実際、建物もメカニカルでかっこいい感じに仕上がりました。
設備は最終的に隠れてしまうことが多いのに、竣工後、これだけ見えると喜んでいましたね。
設計者は、アイデアを具体的なかたちとして伝えることが求められます。最初のアイデアは批評の対象になるわけですが、それをたたき台に、みなさんの意見や考えを引き出せればよいので、あまり畏まらず、委縮せず、自分のアイデアを提案することも、設計者に必要な資質だと思います。
依頼主がどんな建物をつくりたいか。設計者に求められるのはみなさんの話を聞いて、望みを引き出す対話力でしょう。
設計に興味を持つ人のベースには、空間や建築が好きという気持ちがあるはずです。自分がこういうものをつくりたいという気持ちで仕事を楽しめる人が、設計者に向いているのではないでしょうか。
CLT(Cross Laminated Timber)……ひき板を並べ、繊維方向が直交するように接着した木質系材料、直交集成板の略称。耐震・耐火性もあり、建築の構造躯体として利用されている。