無垢の木に思いを託して無垢の木に思いを託して

京阪電車中之島線 [中之島駅、渡辺橋駅、大江橋駅、なにわ橋駅]

中之島という街に相応しい風格のある、
世界でも類を見ない「木の駅」の誕生

堂島川と土佐堀川に囲まれた大阪の中之島は、東西約3キロほどに延びる細長い中洲である。江戸時代初期には諸藩の蔵屋敷が集まり、天下の台所として繁栄した由緒あるこの土地は、明治以降、大阪市役所をはじめとする公共施設や教育・文化施設、そして有力企業のオフィスが建ち並んでいるように、現在も大阪の行政、経済、文化の中心地となっている。
その歴史は町並みにも伝えられている。大阪市中央公会堂、中之島図書館、日本銀行大阪支店……中之島には、明治末期から大正時代にかけて建設された、近代建築を代表する名作が点在している。緑豊かな水辺の街路と風格ある建築作品が織り成す――そんな中之島の風景に新たな表情をもたらしたのが、2008年10月に開通した、京阪電車中之島線の四駅[中之島駅、渡辺橋駅、大江橋駅、なにわ橋駅]だ。川沿いに建つ駅の出入り口や、改札口に至る地下のコンコース(通路)の壁面と天井に無垢の木を使用し、なにわ橋駅には10メートルの天井高を取った吹き抜け空間を設けた中之島線は、おそらく世界でも類を見ない地下鉄の駅といえるだろう。
4駅の基本設計と全体監修に携わった寺岡宏治と奥貴人は、
「石づくり、レンガづくりの重厚な建築作品が建ち並び、大阪でも格上の場所という感がある中之島に、どのような駅をつくればよいか。街並みに相応しい駅をつくるためのコンセプトワークは延々と続きました」と話す。

無垢の木を使うことによって実現した、
大人の街・中之島に相応しい駅空間

それぞれの地域が持つイメージを各駅に落とし込みつつ、4駅に共通するテイストをデザインで表現する。デザインコンセプト会議を何度も重ね、基本的な考えが具体化していく中で、寺岡と奥が中之島に相応しいと考え、建築主である京阪電車に提案した素材が無垢の木だった。
「中之島には石づくりの重厚な建物が多いので、当初は周辺のイメージに合わせようという案もありましたが、それでは街に同化してしまうかもしれない。CGや模型をつくってシミュレーションを重ね、本当に(駅の)中も外も木にしてよいか、自問自答を繰り返して辿り着いたのが、無垢の木という選択でした。関係者が一堂に会した大会議で〝無垢の木を使いましょう〟と提案したとき、これで一本筋が通ったというような、そんな安堵感が、その場に広がるのが感じられましたね」(寺岡)
 だが、無垢の木を使うと決めてからも、難題は待ち受けていた。
「地下駅の構造材や内装材には不燃材料を使わなければならないという規制があるため、可燃物である木は、そのままでは利用できません。ただ、ここ十年ほどの技術革新で登場した良質な不燃木を使うことによって、この問題をクリアすることができました」(奥)
 カットサンプルを火にかけて、燃えないことを目の前で見せる。こうして不燃性は証明できたものの、他にも懸案事項はあった。
「燃えないことで安全性は認められても、木の場合、石やコンクリートに比べると耐久性の面での対策に加え、傷や落書きといった行為に対するメンテナンスも考えなければなりませんでした」(奥)
 駅という公共性の強い場所の建築主である電鉄会社は、その社会的責任として、何よりも安全性を重視する。不特定多数が自由に出入りする場所で、鉄道利用者が怪我することがないよう、設計者は細心の注意を払った。
「壁面にも無垢の木を使うので、触っても棘が刺さらないように表面塗装をする、木の角の面を取る、手すりの先端部分を切ったままにせずに下まで伸ばすなど、ディテールにも気を配りましたね」(奥)
今までにない駅をつくってほしい。そんな建築主の期待に応えるべく選んだ無垢の木は、設計者にとって決して扱いやすい素材ではなかった。だが、木を使ったからこそ中之島に相応しい落ち着きのある空間が出来上がったことは、完成した駅から一目瞭然である。
「改札前に10メートルの吹き抜けを設けたなにわ橋駅の工事が終わって足場を外すというとき、京阪電車の担当の方から〝すごいものができたよ〟と電話をいただいて、すぐに現場を見に行きました。模型やCGを使って自分たちが提案していたわけですが、実際に出来上がった空間を見たときの驚きと感動は、想像以上のものでしたね」(寺岡)

使用した無垢材は約1万平方メートル
中之島の木の文化が、ここから始まる

「地下鉄の場合、どうしても下へ下へと向かう感じになってしまうので、光を取り込むためにも、そして今までにない駅にするためにも、できる限り吹き抜け空間をつくりたいという思いは強かったですね」
 吹き抜け空間やトップライトへのこだわりについて、そう奥は語る。4駅合わせて、使用した無垢材は1万平方メートル弱。地上の遊歩道との連続性を意識したという地下のコンコースには、これまでの地下鉄空間にはない落ち着いた雰囲気があるが、これは照明によるところが大きい。
「やはり無垢の木を使った空間には、素材感を引き立てる温かみのある照明を使いたいと思っていました。出入り口からホームまで、照明の色味は3段階ありますが、照明によって雰囲気を一変させることで、気分の切り替えをしてもらえるような演出をしたつもりです」(奥)
 ホームの対向壁にも工夫は凝らされている。中之島線の起点となる中之島駅には木を、ビジネスエリアの渡辺橋駅には未来的なイメージのあるステンレスを、大阪市役所や日本銀行大阪支店の前にある大江橋駅には重厚な御影石を、大阪市中央公会堂や東洋陶磁美術館が近いなにわ橋駅には大判テラコッタ(素焼きタイル)を使用しているように、各駅には街のイメージがさりげなく取り込まれている。
 開業ひと月後、みずから改札付近で乗客に声をかけて駅の印象について聞き取り調査を行った奥は、多くの乗降客が新しい駅に肯定的な意見を述べてくれたことが嬉しかったと話しているが、こうした一般客の好意的な反応を裏づけるように、中之島線はグッドデザイン賞をはじめ、照明やサインデザインなど、各分野で受賞を重ねている。
「再開発が進む中之島駅で、この駅を見たことによって自然の風合いを生かした木を味つけに使ってみるのもいいかもしれないと、そんなふうになってくると、街全体が面白くなっていくかなと思っています」(寺岡)
ここから木の文化をスタートさせたい。設計者のそんな意気込みとともに、大阪市の都市開発・整備の一環として進められた中之島線。世界でも類を見ない地下鉄の駅は、未来への起点となっていくのだろう。

設計担当者

大阪事務所設計部部長 寺岡宏治

大阪事務所設計部 設計主任 奥貴人

設計担当者の肩書は、2009年12月の発行時のものです

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