北に阿蘇南外輪山、南に九州脊梁の山々が連なり、九州のほぼ中央、標高300~900メートルの山間の地に広がる熊本県上益城郡山都町(かみましきぐんやまとちょう)。1854年につくられ、土木構造物として日本で初めて国宝に指定された石造アーチの水路橋・通潤橋で知られている同町に、2024年の春に誕生した地域のスポーツ振興拠点が、山都町総合体育館「パスレル」だ。
阿蘇くまもと空港から、九州中央自動車道の山都通潤橋ICまで約30キロ。市街を離れ、高速道路を進むにつれて標高は徐々に上がり、視界の先はどこまでも緑が連なるのどかな景色へと移り変わっていく。
土地の風景をモチーフにした、三連懸垂のかたちが印象的な屋根のライン。ふんだんに使った町有林の木材が、温かみを感じさせる屋内。弓型木トラスと鉄骨キールトラスを組み合わせたアリーナ、そして武道場のユニークな屋根架構……。山都町の体育館であることをひと目で伝えるこうしたデザインについて、意匠設計を担当した杉江順哉と中村理恵子は、
「まちのシンボルになるのはどんな体育館か。まずはそのことを念頭にデザインを検討しました。山都町は名前の通り、山に囲まれているまちです。建物のかたちや配置、内部の構造にも周囲の山並みを反映しながら、まちに馴染み、景観に調和する体育館にすること。また、建築主である山都町の意向を受けて、木材を積極的に活用することも提案しました」と話す。
体育館を設計する際、設計者はまず、無柱空間となる屋根架構をどのように成立させるかを考える。構造強度を担保しながら、デザイン性の高い空間にするには、どのような構造形式を選べばよいか。その検討のために、プロジェクトが始まる段階から、意匠設計者と構造設計者の議論は不可欠だという。今回のプロポーザルでは、体育館の典型といえるドーム型を含めて、さまざまなかたちを検討したと中村と杉江は話す。
「形状が全く異なる屋根架構を、8案から10案ほど考えました。構造的に成立するかどうか、社内で検討した中で周囲の山並みに馴染み、構造的に無理がなかったのが、現在の三連懸垂のかたちでした」(中村)
「のどかな景色が広がる山都町には、ボリュームのあるドーム型よりも、周囲の山並みに溶け込む三連懸垂のかたちがよいだろう、と。センターに対して、両サイドがアシンメトリーになっている三連懸垂のシャープなラインによって、躍動感も生まれたと思います」(杉江)
印象的な外観とともに見る者にインパクトを与えるのが、弓型木トラスで小屋組みしたアリーナと武道場の屋根架構だ。バレーボールの公式試合を開催できる条件を満たしたアリーナは、2つの鉄骨キールトラスで地震力を負担し、3つの弓型木トラスで屋根を支えることにより、42メートルの大スパンを実現している。これまでにも木トラスを活用した体育館を手がけてきた、構造設計担当の松下直子は、
「大スパン架構をつくる選択肢はいくつかありますが、今回はプロポーザルで提案した、小径材の組み合わせでスパンを飛ばせる木トラスによる構造を検討しました。ただ、42メートルの大スパンを木トラスだけに負担させることには懸念もあって。木造建築の16メートルという高さ制限への対応も考え、屋根の地震力は二つの鉄骨キールトラスに負担させ、木トラスは屋根を受けるための材と、役割を分けることにしました」と話す。
日本では、戸建て住宅は木造建築が多いものの、耐火要求の高い中・大規模建築は、長くRCと鉄骨造が主だった。国が中・大規模建築の木造化を奨励するのは2010年の「公共建築物等木材利用促進法」の制定以降で、その背景には脱炭素社会の実現という世界共通の課題がある。
町有林を伐採し、地元で製材・加工して活用するため、今回は木の調達にあたって県の木造設計アドバイザーと連携しただけでなく、勉強会を通じて木や森について、多くを学んだと杉江と松下はいう。
「勉強会では木材の種類による含水率・割れやすさ・節の扱いなどのほか、森の循環について学びました。適齢期を過ぎた木は二酸化炭素の吸収量が下がるといわれています。働き盛りの森を維持するには、ある程度成長した木は間伐、使用、また植えるという循環が必要だといいます。手入れをしない森は保水力がなくなり、地滑りなども生じてしまいますが、今回はまさに、災害防止のために町有林の適切な伐採、活用ができました」
地元の森からこれだけの分量の木を伐採し、必要なサイズで製材する。建物に合わせて木を調達・加工した体育館の計画は、材の選定から始まっている。建築作品が完成するまでの過程を、ローマテリアルからトレースできる。地産地消を実践できる地方都市の強みを活かしたプロジェクトでは、弓型木トラスの製作・加工も地元の施工会社が行なっている。
「複雑なかたちではないものの、普段、地元のプレカット工場では慣れない形状だったので、鉄骨と木の接合部の形状確認や載荷試験をやっておこうと、弓型木トラスのモックアップをつくりました」(松下)
町有林のヒノキを中心に、内装材にも木を多く取り入れた体育館については利用者から「木に囲まれているので、家にいるように落ち着きます」という声が寄せられている。こうした声について中村は、
「設計当初から、永く愛される建物ということも設計のキーワードでした。何か特別なイベントがなくても、日常的に使ってもらえる、まちの人たちに永く愛される体育館になってほしいと思います」と話す。
山都町の教育委員会など、現地の担当者とやりとりを重ねた杉江も、
「老若男女さまざまな世代の方が、自分たちがこだわって設計した体育館を喜んで使ってくださっているのは嬉しいことです」と振り返る。
2016年の熊本地震発生時、山都町では、被災者が町内30ヵ所に分散避難した。大規模な避難所がないため、情報の伝達・共有や物資配布の困難さを経験した同町は、インフラが停止しても3日間は機能し、救援物資の集積所となる災害時の避難所として、体育館を整備している。
まだ絶対数の少ない大型木造建築の設計にあたっては、未知数のことや、法規の問題などハードルもあったが、試行錯誤を経て完成した体育館は、内外観とも利用者、関わった人々が納得できる建物に仕上がっている。
「種類や材料の目の取り方などによって強度が異なるなど、木の設計はバリエーションが多く、解はひとつではありません。最適解を見つけるために毎回、新しいことを学び、挑戦しています」と、松下がいうように、まちに誕生したオンリーワンの建物は、永く人々に愛されるだろう。