土地の歴史や風景をかたちにする

長井市遊びと学びの交流施設 くるんと

建設地は製糸工場の跡地。土地の歴史を象徴する繭を
デザインモチーフに設計した、市にとって初の公共複合施設

江戸時代、最上川舟運の起点の港町として栄えた面影を、今もそのまち並みに残す山形県長井市。舟運が物流と産業を支えていた時代以来、上方から運ばれるものや文化を享受してきた住人の進取の気性を伝えるように、長井市では2021年5月、全国で初めて自治体の庁舎と鉄道の駅舎(長井駅)を一体化した新庁舎が竣工している。この庁舎に続いて、多世代が交流できる遊びと学びの場としてつくられた公共複合施設が、2023年9月1日にグランドオープンした図書館と子どもの屋内遊戯場、そして子育て支援センターを一体化した「くるんと」だ。
「市の方々に設計を提案する際にまず考えたのが、この敷地に何が相応しいかということでした。長井盆地の周辺に雄大な朝日連峰が広がる自然豊かなこの土地は、かつて製糸工場が操業し、生糸を紡いできた歴史があります。市が掲げる“学び・育ち・遊び・出会いを紡ぐ場所”というくるんとのコンセプトは、長井市の歴史を象徴する繭とマッチすると思い、そこから“包み込むこと”をデザインモチーフにしました」と、意匠設計を手がけた中林原野は話す。中林とともに意匠設計を担当した奥田理恵子も、
「市の方々にも、特徴があって、おもしろい建物をつくりたいという気持ちがあったのでしょう。繭というデザインモチーフについてはみなさん最初から、とても好意的に受け入れてくださいました」という。

屋内遊戯場=動と、図書館=静。用途の異なるふたつの空間の
併設が相乗効果を生む――そんな融合の在り方を考える

庁舎と駅に隣接する広大な工場跡地という恵まれた立地条件での設計にあたり、中林と奥田が検討を重ねたのは建物内外の配置計画だった。
「くるんとは延べ面積が5500平方メートルほどの施設ですが、敷地が広く、規模に対する法規制もあまり厳しくないので、その意味では自由度の高い設計でした。ただ建築は、制約の中でかたちや配置が決まる側面もあるので、どんな案なら納得していただけるか、いろいろ試行錯誤しました。
今回の設計は市の方と一緒に与条件を整理することから始まったので、敷地に対して全体をどう配置するか、施設内にどんなスペースを、どんな規模で設置するかについても事例を調べ、比較表をつくって提案しました」(奥田)
 敷地には東側の道路からアクセスする車が多いので、駐車場は東にする。庁舎との動線を考えて、建物全体を少し西に傾ける。冬場の季節風の影響を考えて、出入口の位置は北西を避ける……。使いやすい施設づくりに向けて、人や車の流れ、まちの機能、雪の多さといった気象条件など、一つひとつ課題を解いていく中で、全体の配置は決まった。
 また、賑やかな子どもの遊び場と落ち着いた図書館という用途の異なる施設の融合が相乗効果をもたらすように、屋内の配置については人の動きや音の許容範囲などを想定しつつ、適切な距離感を考えたという。
「屋内は、北側に屋内遊戯場、南側に図書館と大きく分けて、その間をメインの出入口から広場に通じるエントランスホールでつなぎました。子育て世代へのアピールとなる屋内遊戯場は、外からもよく見えるように開口部を大きくしていますが、本にとっても閲覧環境においても直射日光が望ましくない図書館は、開口部を小さめにすることなどで、落ち着いた空間にしています。図書館内は、屋内遊戯場に近い場所に児童開架コーナーを設け、一般開架コーナーは奥に進むにつれて読書や勉強に集中できる空間になっていますが、それぞれのゾーンに合わせて椅子や机、家具なども変えることで、いろいろな場をつくりました」(中林)
 繭をかたどった印象的な外観が目を引くくるんとは、建築の内部も緩やかな曲線によって構成されている。施設全体に柔らかなトーンをもたらしている曲線だが、その実現に向けては、直線の建築にはない法律や施工上の問題、さらには予算面でのハードルもあったという。
「建築の納まりは、直線や平らな壁を基本に考えられているので、法的な制約をクリアできるかどうか、一つひとつ確認しながら、条件を満たす方法を検討しました。また、四角い部屋であれば机や書架を並べることも容易ですが、曲線の場合、それに合わせて家具をつくるなど、設えの面でも手がかかる上、コストも上がります。予算内で収めるために、ボリュームの大きい外壁やガラスなどは多角・多面にすることで曲線に見えるように設計しつつ、ラインをきれいに見せたい建物内部の壁面についてはRC造にするなどの工夫を凝らしました」(中林、奥田)

家でも学校でもないサードプレイスとして、人々が気軽に足を
運びたくなるような、今の時代に合った図書館を市に提案

県内有数の豪雪地帯であるこの地域では、子どもたちが外遊びできない冬場のために、多くの市が屋内遊戯場の設置に力を入れているが、子どもの施設と公共図書館を併設する例はこれまでなかったという。全国の地方自治体にとって少子化、人口減少は共通の喫緊の課題となっているが、その対策として長井市が進めた、多世代が交流できる遊びと学びの場づくりは、地域の活性を促す取り組みのひとつといえるだろう。
 以前から関心を持っていた図書館の設計を担当するにあたって、多くの事例を調べた中林と奥田は、2019年に世界一の図書館に選ばれたフィンランドのヘルシンキ中央図書館「Oodi」などを例に挙げながら、図書館に求められる役割がどう変化しているか、市の側に伝えたという。
「公共施設の中でも、ホールや美術館が有料であるのに対して、お金がかからず、誰もが自由に滞在できる図書館は、ある意味、特殊な場所です。日本では、図書館=まじめに静かに過ごす場所というイメージが持たれていますが、北欧などの図書館はただ書架があって、本が並んでいるだけではなく、いろいろなスペースを持つコミュニティの場になっています。今回は多少の賑わいを許容することで、家でも学校でもないサードプレイスとしての図書館をつくることができればと考えました」(中林)
 時代に、そして長井市に合った温かみのある図書館をつくろうと、家具や内装、その色味などもトータルで考えて決めていったという奥田も、
「本を読んだり探すだけでなく、コーヒーを飲みながら雑誌を見たり、会話をしたりと、最近は図書館の形態も少しずつ変わってきています。こうした考え方を市の方々が理解してくださったことで、自分が思い描いていた図書館が実現できたかなと思っています」と振り返る。
 土地の歴史につながる繭というデザインモチーフを、施設の内外観だけでなく敷地全体に展開し、建物を特徴づけたくるんと。長井市の地形や風景を取り入れつつ、複合施設ならではのつながり、融合を実現した建築は、「包み込むようなデザインが長井に合っている」という利用者からの感想が伝えるように、人口2万5000人の市の新たな拠点となった。

設計担当者

東京事務所設計部 設計主事  中林原野

東京事務所設計部 設計担当  奥田理恵子

設計担当者の肩書は、2023年12月の発行時のものです

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