成長を続ける「みんなのもり」

豊橋市保健所・保健センター及び 子ども発達センター

保健・医療・福祉。市民の生活に不可欠なサービスの拠点として、
市民が愛着を持てる施設をつくる

豊橋駅から南へ約4キロ。三河湾へと続く西側一帯に広がるキャベツ畑を指して、地元の人々が〝豊橋郊外の典型的な風景〟と口にする――そんなのどかな田園地帯に隣接する「豊橋市保健所・保健センター」及び「こども発達センター」。2010年4月、旧国立豊橋病院の跡地にオープンしたこの複合施設は、豊橋市民とセンターの職員、そして設計・建設・維持管理に携わるつくり手という三者の連携の中から生まれた公共施設である。
保健・医療・福祉。市民が安心して生活するために不可欠なこの3つのサービスが同じ敷地内で受けられる全国でも珍しい公共施設は、PFI事業として提案され、完成へと至っている。Private Finance Initiativeの略称であるPFIは、公共施設などの建設、運営・維持管理に民間の資金や経営及び技術的な能力を活用することで、より効率のよい公共サービスを提供しようと、日本でも10年ほど前から導入されている手法だ。
「PFIでは最初の段階から、建物の運営・維持管理を具体的に考慮して設計を進めるので、コスト管理がきちんとできるというメリットがある一方、コストダウンにばかり比重が置かれてしまうと、必要最小限の機能だけを備えた建物になってしまうという懸念があります。そういうせめぎ合いの中で、市民が愛着を持てる施設をつくることが、今回の大きなテーマでした」と、設計を担当した篠原佳則はいう。

小児センターで得た確信から、関係者の理解を得て、
親子の寛ぎのための空間=プレイルームを各所に設置

日本初の本格的な小児医療専門病院として、2004年の開業以来、先進的な取り組みを続けている「あいち小児保健医療総合センター」(以下、小児センター)に引き続き、医療関連施設の設計に携わった篠原は、
「今回の計画には、病院ぐるみで安心して子育てのできるまちや社会をつくるという小児センターのコンセプトに通じるものがありました」と、このプロジェクトを振り返る。健診や教育を通じて市民の健康への意識を促す「保健所・保健センター」と、障害などによって心身の発達に心配のある子どもたちが通う「こども発達センター」。この二つの施設が同じ敷地にあることで、どのような変化が起こるか。その変化を篠原は「敷居が低くなる」ということばで表現する。程度の軽重はあれ、障害やその気配のある子どもを持つ親にとって、保健所に行くという感覚で発達センターに通うことができれば、心理的な抵抗感は間違いなくやわらぐ。建物をL字型に配置し、非常時には避難場所になる講堂と人が集まる各センターの会議室を、2つの施設をつなぐホワイエの近くに設置したのもそのためだった。
もうひとつ、敷居を低くするために重要な役割を果たすだろうと篠原が考えたのが「プレイルーム」の存在だった。小児センターの一角に設けた「プレイルーム」という遊びの空間は、こども発達センターのような場所でこそ、活用価値があるのではないか。
「治療室に一歩入れば医療機器が並んでいる。そんな医療施設に良質なおもちゃに囲まれた空間があれば、若いお母さんも違和感なく入っていくことができます。子どもだけでなく、親もリラックスできる空間として、『プレイルーム』が機能するに違いないと、これはもう直感でしたね」
その重要性を理解してもらうことに加え、関係者が納得できるコンセプトを確立するために立ち上げたプレイルーム検討会には、市の障害者及び子育て関係のNPO団体にも声をかけ、参加を促した。
「プロジェクトに関わってもらいたい人にはきちんと説明をして、協力を要請する。そういったプロセスを踏みながら合意形成がなされたことで、最終的には市民を巻き込むこともできたのだと思います」
発達センターの出入口のそばに設置した「プレイルーム」の利用者は、1日約30~40人。さらに2階の診察室前にも小さなプレイコーナーを数か所設けるなど、利用者の立場を考えて分散させた「プレイルーム」は、現場からも「よく利用してもらっています」という声が上がっている。また、白い壁や廊下に威圧感や恐怖感を覚える子どもたちの気持ちを配慮して、診察室や検査室前の壁面には、動物をモチーフにした物語性のあるサインボードを使用するなど、小児センターでの経験はここでも生かされた。
「小児科の先生方皆さんから評価を受けていたので、壁面をイラストで飾ることについては確信がありました。何かを提案する場合、こうした確信があると、物事を動かすときの推進力がやはり違うんです」

ワークショップを通じて市民を巻き込みながら
つくりあげた「みんなのもり」

発達センターの1階にある「プレイルーム」からは中庭、そして広場の一角に設けられた「みんなのもり」という2つの遊び場が目に入る。
「『プレイルーム』と中庭、『みんなのもり』のあいだには視線の連続感があって、互いの姿が見えることによって、じゃあちょっと外に出て遊んでみようと。そんなふうに次の行動のきっかけづくりになっていると思います」
毎回50名以上が参加し、5回にわたるワークショップを経て完成した「みんなのもり」。敷地の状況を調べ、もりのイメージをつくり、みんなのアイデアを設計図にまとめる。シンボルツリーを決め、植樹を行う。こうしたワークショップを通じて市民の参加を促したことについて、
「設計者や担当者だけで考えても限界があるので、考える頭数を増やしてみようと。たしかに大勢の意見をまとめるのは大変ですが、特に子どもが参加することで、議論の質は明らかに変わります。毎回、最後は全員一緒に飲食をする交流会まで含めたイベント的なやりとりを重ねることで、参加者が『みんなのもり』を自分の場所と考えるようになったのでしょう」
全体の敷地に対してゆとりを持ってつくられた前庭の広場は、大雨時には調整池の役割を果たす、すり鉢状の地形になっている。その一角、緩やかな曲線で構成され、トランポリンやオブジェなども配置されている「みんなのもり」は、日中、子どもたちの賑やかな声が響き、彼らが伸び伸びと遊ぶことができる開放的な空間だ。また、朝夕には近所の住人が散歩やジョギングをするなど、広場は時間帯によってその表情を変えていく。
市民が愛着を覚える公共施設をつくりたい、という設計者の思いを市民の力を巻き込むことによって実現した「豊橋市保健所・保健センター」及び「こども発達センター」。
「最終的にひとつのものを完成させる建築という仕事には、決断力、合意形成力、調整力、そして考えをビジュアルで表現する能力が不可欠です。設計者が持つこうした力を生かして、社会や地域と積極的に関わること。それが結果的に、よい建物づくりにつながっていくのだと思います」

設計担当者

名古屋事務所設計部部長 篠原佳則

設計担当者の肩書は、2010年12月の発行時のものです

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