クライアントの事業満足度を高めるために ー 建築プロセスの改革 ー

BIM / Building Information Modeling

計画段階で建築の完成形を把握し、竣工後の維持・管理に
役立てることのできる、BIMという三次元設計

個人にとっての住宅、企業にとってのオフィスビルは、いずれも生涯でもっとも高価な買い物のひとつだろう。この事実を反映するように、建築は、完成までにかかわる人数、業種、時間、さらに周囲への影響力が、他の製造業と比較にならないほど大きい。たとえば車や電化製品を購入する場合、多くの人はまず、ショウルームや店頭で試乗・試用し、製品のデザインや性能を吟味する。だが、基本的に一品生産である大型建築は、完成形が見えない中で契約を結ぶ。建築は、その規模の大きさゆえに、他の製品とは購入のプロセスが大きく異なる商品なのである。
もちろん仕事に責任と自負を持っている設計者たちは、クライアント(依頼者)に対して最大限の説明を行う。だが、三次元の建築を二次元に置き換えた図面を、建築の専門家ではないクライアントが理解し、まだ見ぬ建物の全体像をつかむのは、それほど容易なことではない。
計画・設計の段階で建築の完成形を把握できる。さらに竣工後40年、50年と利用される建築に適切な管理を行うことで、維持・管理費を縮減できる。建築業界にとって長年の課題だったこの2点を実現するものとして、今、注目を集めているのが、コンピュータ上に建築の三次元モデルをつくる設計ツールにして、建築にまつわる全情報を統合するデータベースでもあるBIM(Building Information Modeling)である。

建物の誕生から解体・廃棄までの総費用=ライフサイクルコストの
75パーセントを占める維持・管理費を縮減

2007年頃から社内外でBIMの活用を推進してきた村松弘治は、
「他業種と比べてIT化が遅れている建築業界の生産性を高め、どのようなビルが完成するのか、クライアントが設計の段階から、より具体的かつ正確に理解するうえで、BIMは大きな役割を果たします」と話す。
完成する建築に対する費用と価値の妥当性。設計から竣工に至るまでのプロセスの詳細。(ビルを建てることを含めて)事業計画を立てる際、クライアントがまず知りたいのはこの2点だと村松は指摘する。
「BIMで設計した三次元モデルでは、二次元の設計図では把握しきれなかった建物の構造、天井裏や床下の配管や空調、家具や照明といった設備などを立体的に見ることができます。建物の詳細を早い段階で把握できれば、クライアントと設計者は、これから建設される建築の価値を共有できるし、それはよりよい建物をつくることへとつながります」
三次元でのモデルづくりに加え、さまざまな条件下で環境シミュレーションを行えることも、BIMを利用する大きなメリットだという。
「たとえば夏と冬では太陽の高さも位置も異なり、開口部(窓ガラス)から入る自然光は変化します。BIMを使って壁面の開口率に応じた採光や温熱環境をシミュレーションすれば、照明や空調にかかる費用を算出することができますから、クライアントは意匠とコストのバランスを見ながら、早い段階で設備や意匠などの詳細を決めることができるのです」
意外に知られていないことだが、企画・設計・建築から解体・廃棄するまで、建物の全生涯に要する費用の総額=ライフサイクルコスト(以下、LCC)のうち、建築が竣工するまでの費用は約25パーセントに過ぎず、残りの75パーセントは建物の清掃・修繕・改修費や水道・光熱費を含めたランニングコスト=維持・管理費だという。東日本大震災以降、電気を筆頭に水道・光熱の使い方については全国的に見直しが進められているし、環境負荷を抑えるための努力は、企業にも個人にも求められている。こうした時代の流れは、今後、建築事務所がクライアントとプロジェクトを進める際、LCCをトータルで考え、維持・管理費を縮減できる提案を行うことを、当然の業務としていくだろう。
「これまで建築は、基本計画→基本設計→実施設計→施工と段階的に進めてきましたが、今後は実施設計や施工の段階で決めていた懸案事項を早め早めに検討することが重要になります。たとえば施工、竣工後に決めていた外装材や床材のメンテナンスも、BIMのシミュレーション機能を使えば、どんな材を使うと清掃費がいくらかかるか、基本計画の段階で計算が可能です。このように同時並行で課題を検討し、最初からコストを計算すれば、維持・管理にかかる人手やお金を縮減できます。これはクライアントにとっても大きなメリットといえるでしょう」

建物だけでなく、コストも透明化(シースルー)されることで
クライアントと建築業界の信頼関係が高まる

今まで各企業がなかなか進めることのできなかった机や椅子、オフィス機器や蛍光灯などの備品管理も、導入日や金額をデータとして入力しておけば、経年劣化の妥当性がわかるし、備品交換の目安もコンピュータが知らせてくれる。こうした維持・管理がスムーズに行えるのは、BIMが三次元モデルの設計ツールであると同時に、建築にかかわるすべての情報を統合しているからで、今後はクライアントにもデータベースとしてのBIMを積極的に活用してもらいたい、と村松はいう。
建物の形状(外観)と内部空間を三次元で再現することで、設計段階で完成形が見えれば、建築の意匠・構造・設備を早い段階で決めることができる。建築の詳細が決まれば、トータルコストも計算できる。かつてはどんぶり勘定といわれたように、建築の総工費はそれまでの経験から坪単価で計算されていたが、BIMは、坪単価よりも納得できるコストを提示してくれる。建物だけでなく、コストも透明化されることは、クライアントと建築業界の信頼関係にも少なからぬ影響を及ぼすだろう。
「今は設計についても説明をきちんと行い、透明性を出すことが求められています。環境性能、エネルギーコスト、外装材や床材にどれだけメンテナンスが必要か。懸案事項を先送りせず、むしろ前倒しで決めて、建築情報をデータベース化していけば、生産効率も上がるし、竣工後の維持・管理に役立ちます。10年前と今では、こうした点が明らかに変わっています」
デザインや空間の快適さをどう表現するか。それは個々の設計者の感性によるものであり、クライアントの意向を汲み取り、目に見えないものにかたちを与える設計という仕事に、感性や知性が求められることに変わりはない。その一方で、自動計算やシミュレーションなど、人間よりもコンピュータのほうが正確かつ迅速な点はITを導入し、生産効率を向上させる。統合された建築情報を関係者が共有することで、全員にメリットがもたらされる。BIMは、建築業界が抱える生産効率という問題を根本から改善するシステムとして期待されている。

設計担当者

執行役員東京事務所副所長兼設計部長 村松弘治

設計担当者の肩書は、2012年12月の発行時のものです

シェア

他の記事

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。