建物のつながりが生む、人のつながり

北本市新庁舎・児童館

防災・文化の拠点とするべく、既存の建物との連携を図り、
児童館との合築によって、ライフ・シビックコアを実現した新庁舎

埼玉県中央部に位置し、6万8000人余りの人口を有する北本市。毎年、桜の季節になると、日本五大桜のひとつ、樹齢約800年の石戸蒲(いしとかば)ザクラをひと目見ようと大勢の人が訪れる同市には、今も多くの雑木林が残り、市民の憩いの場として親しまれている。東京への通勤圏でありながら、豊かな自然環境が守られている――そんなこの地域を、より安全で住みやすくしようと、2011年には「めざせ日本一、子育て応援都市」宣言をするなど、北本市では、市民目線に立ったまちづくりが進められているという。
日本全国の市町村で、少子高齢化対策への取り組みが喫緊の課題となっている昨今、周辺の既存施設と連携し、防災・文化拠点としての役割を担うだけでなく、児童館の合築によって「ライフ・シビックコア」を実現したのが、2014年に竣工した「北本市新庁舎・児童館」だ。今後、更なる役割が期待される新庁舎の設計を担当した小堤 卓と尾杉友浩は、
「今まで点在していた4つの建物をひとつに集約することで、敷地を有効に利用すること。新しい庁舎を防災・文化の拠点とするために、既存の北本市民文化センターや北本中学校と連携を図ること。周辺の住宅環境にも配慮し、市民の方々にとってわかりやすく、利用しやすい施設にするために、庁舎を低層(3階建て)化すること。現地を見て、これしかないだろうと思って提案したのが、現在の配置計画でした」と話す。

建物を低層にすることで、日照など環境面での課題をクリア
仮設庁舎をつくらないことで、総工費のコストダウンも実現

人口減少社会において、地方行政は市民に対して、どのような役割を果たすべきか。行政の窓口業務に留まらず、今後、市がやるべきことを検討する中で、2人の設計者が計画の初期段階から重視したのが、防災対策、そして新たな庁舎と既存の施設を連携させることだった。
「防災において重要なのは、単にものを備蓄するだけでなく、日頃から人と人とのつながりを構築することです。そうわかっていても、実現することはなかなか容易ではないのですが、現地で建物の配置を考えているときに、市民文化センターがふと目に入って……。その瞬間、防災対策を進めるに当たって、災害時には地域の避難所となる中学校や市民文化センターと庁舎を連携することの必要性や、庁舎とのあいだに広場を設けることの有効性が見えてきて、庁舎は南に寄せてL字型に建て、北側に広場を設ける建物の配置と、それによって生まれる軸線が明確になりました」
一般に、広場は陽当たりを考えて南に配置されるケースが多い中、北側に設置することについては、設計者自身もその是非を考えたそうだが、その懸念を払拭したのが、新庁舎を低層にするという設計案だった。
「プロポーザルの段階から、BIMを利用して、季節や時間帯による陽の当たり方、風の起こり方をシミュレーションして見せることで、3階建ての有効性を証明しました。これが5~6階建てになると、ビル風も起きるし、日照環境もだいぶ変わります。災害時には一時避難所、炊き出しや物資配給の拠点となるみどりの広場は、北本まつりやフリーマーケットといった、市民の交流の場として活用されていくでしょう」(小堤)
さらに設計チームは、当初、市から別棟で建ててほしいといわれていた児童館を、庁舎と合築するという考えを、基本設計の初期段階で提案。
「まずは合築によって、ライフ・シビックコアが実現されることのメリットを説明しました。多くの方は、児童館=平屋の広い空間というイメージを持っていましたが、3階建てにすれば、限られた敷地を有効利用することができます。北側という児童館の位置については、陽当たりや環境の問題を懸念する声も上がったのですが、全体の配置計画を丁寧に説明することで、最終的には市民のみなさんにも納得していただきました」(尾杉)
庁舎を低層にするだけでなく、多額の移転費用などが生じる仮設庁舎をつくらない計画案は、総工費の大幅なコストダウンを達成。また、温熱・光・通風環境など、どのような設備を入れれば、どのような費用対効果になるか、二次元の図面では把握しにくいことについては、BIMでシミュレーションや数値化することで、理解を深めてもらったという。
「税金を使って建てる公共施設の場合、竣工までの費用だけでなく、その後の建物の維持・管理にかかるライフサイクルコストを抑えることは、避けては通れない課題です。つねに〝市民に対して説明できるように〟とおっしゃる北本市長の信念に応えるうえで、BIMは有効でした」

雑木林を意匠デザインのモチーフに、直線でシンプルな空間をつくった庁舎と、
緩やかな曲線が楽しい雰囲気を生んだ児童館

建物をつなぐだけでなく、あらゆる年代の人々をつなぐ。このコンセプトを意匠化するため、設計者がモチーフとしたのが雑木林だった。
「市内には雑木林がかなり残っているので、そのイメージで、建物にも豊かな自然や木の温かみを感じてもらえればと考えました。庁舎の窓口カウンターの表示板や児童館の吹き抜けに設けたルーバーの手すりなど、身近な部分の要所要所で、木ならではの風合いを取り入れています」(小堤)
庁舎も、児童館も、通風や採光を考えて、中央に吹き抜け空間を設けているが、吹き抜けを囲む執務空間と階段のまっすぐなラインが、シンプルでわかりやすい空間をつくっている庁舎に対して、緩やかな曲線を多用した児童館は、やわらかく、楽しげな雰囲気が生まれている。
「吹き抜けを設けたことで、庁舎はとてもわかりやすい空間になりましたね。職員の方も、階段での短い移動ですぐに関係部署と連携をとれると、満足してくださっています。5、6階建ての場合、まずエレベーター、エスカレーターありきとなるので、これも低層の大きなメリットでしょう」
1階は図書館、2、3階は吹き抜けでつながった空間が開放的な児童館は、子どもの発達に関する専門書を読んで検討を重ねた尾杉によって、年齢に応じた成長を促す、さまざまな仕掛けや試みがなされている。
「2階は空間を緩やかな曲線で仕切り、敢えてランダムに隙間を設けました。子どもの視野は、大人と比べてかなり狭いのですが、隙間から向こうが見えることで、視野が広がり、好奇心が刺激されます。そうやって次の行動が促されることで、年齢に応じた成長につながればと思っています」
遊具類も充実した明るい空間に、終始、和やかな空気が流れている。そんな児童館は、子育て支援を宣言した市の新たな〝顔〟といえるだろう。
少子高齢化に対応し、市民の利便性を向上するため、まちの機能を集約する。北本市長の明確なビジョンを受けて、市庁舎、児童館、みどりの広場、そして北本市民文化センターを有機的に連携させた新庁舎の整備計画。建物をつなぐことで、人のつながりを生み出している北本市新庁舎・児童館は、今後のライフ・シビックコアのモデルケースとなることだろう。

設計担当者

東京事務所設計部 設計主事 小堤 卓

東京事務所設計部 設計主任 尾杉友浩

設計担当者の肩書は、2015年3月の発行時のものです

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