「誰も見たことのない」をかたちにする

ラグーナベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾート

日本の会員制リゾートホテルの先駆けである建築主が
地元・愛知県につくった、誰も見たことのない近未来のホテル

リゾートという概念が、まだ日本人に馴染みのなかった一九七〇年代、本格的な会員制リゾートホテルの開発に着手したリゾートトラスト株式会社。現在、国内外で40以上のホテルを運営し、2023年に創業50周年を迎える同社が地元・愛知県につくった初の本格的なリゾートホテルが「ラグーナベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾート」(以下、ラグーナ)だ。
別世界への入口となる、波をモチーフにしたゲート。流水とその音が、目にも耳にも涼やかな壁泉。宝石箱をイメージしてデザインされた六角形の風除室を抜けると、視界一面に広がる海に開かれたエントランスロビー……。三河湾に突き出た敷地の形状を活かした、円弧状の緩やかなラインが目を引く外観、海に面した客室、レストランやスパ、そしてボールルームまで、優美な曲線と細部までこだわった空間は、ホテルを訪れたゲストを非日常の世界へと誘う。今回のプロジェクトを担当した清水 満は、
「この場に相応しい建物について話し合う中で出てきた“誰も見たことのない、近未来感のあるホテル”というアイディアから“フューチャリスティック・ラグジュアリー”というコンセプトが生まれました。インテリアデザイナー、ランドスケープデザイナーにも加わってもらった設計チームだけでなく、建築主、施工者と、ホテルに関わる全員がこのイメージを共有することで、ストーリー性の溢れるホテルが誕生しました」と話す。

138メートルの大開口部の上に客室を配置するという
難易度の高い建築を実現した、構造設計者の技術者魂

ラグーナに足を運んだゲストがまず圧倒されるのが、エントランスロビーだろう。ガラス越しの水盤と三河湾が一体化した目の前の景色は、一瞬、ホテルが海上に建っているかと錯覚するほど海に開かれている。
「リゾートホテルは非日常の世界なので、ゲート、アプローチ、エントランスロビーと進む中で、ゲストの方々に今まで見たことのないシーンに出合っていただこうと。海に面したロケーションを活かしたこの曲線はホテルの表情として絵になると思い、構造部にも力を発揮してもらいました」
清水がこう話すように、複数の設計案から建築主が選んだのが、客室が海に向かって円弧状になっている現在のフォルムだった。だが、エントランスロビーからの視界を確保しつつ、138メートルの大開口部の上に客室をつくることは容易なことではなかったと、この意匠を実現するために構造、設備との調整を行なった川井茂輝はいう。
「V字柱で支えた客室部分の設計は最大の難関でした。近未来感というコンセプトを象徴するあの部分をどうつくるのか。社内でも話題になったほどで、普通に考えたら成立しませんが、誰も見たことのない建築をつくるのだと、構造部のベテラン設計者の技術者魂が燃えたようで(笑)。発想としては土木に近く、大開口部の上は橋をつくった感じですが、鉄骨フレームが組み上がったときは本当に感動しました。これは社内の構造部のノウハウと知恵を集約することで実現できたと思っています」
エレガントでダイナミック。Ⅴ字の支柱が可能にした大開口部は、対極のイメージを併せ持つ、インパクトのあるフォルムを実現している。
外観だけでなく、ラグーナは内部も曲線で構成されている。先を見通すことのできる直線が効率や合理性を象徴するのに対し、曲線は“単純に見え過ぎると、おもしろくないので”と、川井がいうように、その先に何があるだろうと、人の想像をかきたてる。だが、同じ建築主のホテルの設計も手がけている益田正博が“90度がない設計は一つも妥協できないので、本当に大変です”と話すように、曲線の設計・施工は容易ではない。
「曲線の場合、少しでも変更が生じると全体がずれてしまうので、直線とは比較にならないほど作業に時間がかかります」と、清水もいう。
2年半にわたって現場にも入り、意匠の実現に尽力した藤村 篤は、
「今回は衛星のGPSを利用して、建物の位置出しをしています。四角い建物と違い、曲線の建物は角度がすべて振れているので、GPSを使わないと 正確な位置を測ることができなかったんです」と話す。
誰も見たことがないものは、比較するものがないということでもある。図面やパースでは把握しにくいことまで納得してもらうため、設計作業は各段階で建築主のトップにプレゼンをしながら進められた。
「実際、建物がどうなるか、原寸大のモックアップをいくつも用意しました。これも最高のものをつくるために必要だったのだと思います」(清水)

建築とインテリア、ランドスケープを見事に融合させた
フューチャリスティック・ラグジュアリーというコンセプト

ラグーナにかける建築主のただならぬ情熱に突き動かされるように、設計者も全身全霊で打ち込んだ――そんな今回のプロジェクトで、もうひとつ特筆すべきは、建築と融合したインテリアだろう。
「インテリア担当の丹青社さんには、基本計画の段階から設計チームに入っていただきました。基本デザイン担当の香港のデザイナーにも、現地に足を運んでもらっています。フューチャリスティック・ラグジュアリーというコンセプトを実現するためのアイディアを出し合いながら、建築とインテリア、ランドスケープを一緒に設計していきました。各所の曲面の意匠やダイナミックな構造も、協同作業によって生まれたものです。全員が基本設計から竣工まで、コンセプトを共有していたという点で、本当にワンチームでの作業だったと思います」と、清水はプロジェクトを振り返る。
“どこを撮っても絵になると、ゲストの方からいわれています”。ホテルのスタッフが笑顔でそう語ったように、水のきらめきに重なる光沢感のあるテクスチャーで統一された、優雅なラインやフォルムが目を引くインテリアやランドスケープは、場の持つ魅力をさらに引き出している。
 一体どうやって、このデザインを実現してゆくのか。そんな問いから始まった、誰も見たことのないものをつくり上げるには、設計、施工に始まり、その後のメンテナンスや法規の遵守までやるべきことは多く、最後の1ヵ月間は設計チーム総動員で全室検査を行なったという。
 最高のものができたと、喜んでくれた建築主に対して、
「設計チームの力量を評価してもらえて嬉しかったです」と清水はいう。
「所長をはじめ、事務所の先輩方が建築主と信頼関係を築いてきたからこそ、私たちはそれを継いで、この仕事に関わることができました。その意味では、先人への感謝の気持ちが強いですね」と、益田や川井も口にする。
 前例のない建物を完成させるにはハードルも少なくなかったけれど、望めばできるものではない特別な建築に関わることができてありがたかった、引き出しが増えた……。4人が異口同音に語ったように、ラグーナは建築主やゲストだけでなく、設計者にとっても得難い体験となった。

設計担当者

名古屋事務所設計部部長 清水満

名古屋事務所設計部部長 益田正博

名古屋事務所設計部 設計主幹 川井茂輝

名古屋事務所設計部 設計主事 藤村篤

設計担当者の肩書は、2022年12月の発行時のものです

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