都市の水準を映し出す大型建築

丸の内トラストタワー本館・N館

ソフトを提案できる都市計画として進められた
大型テナントオフィスビル・プロジェクト

隣接する3つのエリアの頭文字を取って、大丸有地区と称される大手町、丸の内、有楽町。日本最大のビジネスセンターであるこの地域の中でも、東京駅日本橋口駅前広場に隣接する最高の立地に建設された複合型大型テナントオフィスビルが、「丸の内トラストタワー本館・N館」だ。
開口率50%を超える開放的な窓と白色自然石のコントラストが瀟洒な印象を与える外観、天井高9.95メートルの吹き抜けを設けた本館エントランスロビー、そして木質系の内装と落ち着いた照明が目を惹くオフィスフロアと、同館は建物全体がホテルのように高品位な空間に仕上がっている。
「都市に建設する大型テナントオフィスビルは街との関係が大きいので、まちづくりという観点抜きに計画・設計することはできません」
こう話すのは、N館と本館が竣工するまで十年にわたって丸の内トラストタワーの基本構想、設計に携わってきた熊谷泰彦だ。
N館1階には、民間企業の運営としては最大級の観光インフォメーションサービスを行う「TIC東京」が、また、上層階には、日本初上陸となったラグジュアリーホテル「シャングリ・ラ ホテル 東京」が入るなど、国際競争力を備えたテナントオフィスビルは、ソフトを含めた提案のできる都市計画として進められたプロジェクトだったと熊谷はいう。

本格的なまちづくりが進む大丸有地区で、
より付加価値の高い建物をつくるために

再開発の名のもとに、大丸有地区で本格的なまちづくり計画が始まった80年代後半以降、この地域ではまちづくりのガイドラインが設けられ、整備が進められてきた。政令によって都市再生緊急整備地域に指定されている大丸有地区に新たに建設するテナントオフィスビルを、より付加価値の高い建物にしたい――N館で蓄積した経験を活かそうと考えた熊谷は、
本館の設計に入る前に、民間事業者による都市開発を推進する都市再生特別地区(以下、特区)の申請を東京都に行った。
「道路をつくる、インフラを整備する、区画整理をする……これまでの都市計画は、すべてハード先行型のものでした。そんな中で唯一、事業主からソフトを提案できる都市計画として注目されたのが特区でした。そこで我々は、建築主である森トラストさんと一緒に、国際的なキャパシティが求められる東京のビジネスセンターとして、このエリアに何が必要であるかを検討し、その要素を盛り込んだ計画書を提案したのです」
国際ビジネスマンが安心して滞在できるように、世界にネットワークを持つ五つ星ホテルを誘致することをはじめ、計画書には、ビジネスだけでなく文化交流や観光を推進する施設の計画を盛り込んだ。
「当時はニューヨークやロンドンだけでなく、バンコクや北京、上海などアジアの都市と比較しても、東京駅周辺には世界にネットワークを持つホテルが圧倒的に少なかったので、まずはソフトを充実させることを念頭において、それに見合うハードを計画・設計していきました」
東京駅周辺の将来を見据え、綿密な都市計画を行った末に提案した特区申請が承認された時点で、テナントオフィスビルのあるべき姿は明確になっていたと熊谷はいう。ホテルや商業施設、観光施設を備えたことで、ビルの容積率は1300%に引き上げられるなど、特区承認で得たメリットを活かしつつ、地域社会をサポートする機能を兼ね備えた、国際競争力のあるビルづくりは進められた。
外資系の金融、コンサル、弁護士事務所などをテナントのターゲットに想定したというオフィスフロアも、ハイスペックな仕様になっている。
「オフィスの基準階の天井高は2.95メートル(オフィス最上階は3メートル)。壁から窓際までの奥行きは20メートル、床面積2200平方メートルのフロアは、柱によって視界が遮られることのない無柱空間になっています。たとえば、証券会社は体育館のように広くて天井が高く、柱がないスペースをほしがるのですが、これは、ディーラーがいくつものモニターを同時に見ながら動き回るためで、本館は全フロアをディーリング対応としています」
さらに、バリアフリー認定を取得した本館は、各階の男女化粧室いずれにも障害者用トイレを設置。車椅子がらくに通れるように、廊下の幅も約2メートルとゆとりを取るなど、働きやすい環境が整えられた。

百年はゆうに保つ。自分より長く残る建物が、
どうあるべきか、中・長期の視座で考える

もうひとつ、高層ビルに入るテナントが重視するのが眺望である。東京駅や皇居に臨み、視界の開けた西側に主採光面を取った本館は、2.52メートルの大型窓が設置され、明るく、開放感のある空間になっている。
「窓を大きくすれば、それだけ太陽の熱と光が入るため、どうしても環境負荷は増えてしまいます。省エネ対策としては窓を小さくするのがいちばん簡単な方法ですが、それでは眺望を確保できません。そこで可視光は入るけれど熱は反射するLow-Eガラスや、太陽の動きに合わせて角度を自動制御するブラインド、デスク周りの明るさを外光と電気を合わせて750ルクスに自動調整する照度センサーによって、照明や空調などのエネルギー消費量を減らすといった対策を取ったわけです」
産業別に見ると、CO2排出量の多い建築業界に対して、環境対策を進める東京都は厳しい規制を要請している。特に大規模なビルを建てる場合、カーボンマイナスと緑化率35%は必須になっている。
「太陽光発電、風力発電、太陽熱給水、ゴミの16種類分別と生ゴミ処理、夜間電力を日中利用する氷蓄熱システムなどを導入しましたが、今後はこうした環境配慮型の建物が標準になっていくでしょう」
設計者としてかかわった中で最大規模となった本館について、熊谷は、
「今、私たちが設計している建物は、ゆうに百年は保ちます。自分よりも長く残る建物がどうあるべきかを考えてつくり、その社会性、経済性、商品性が認められれば、それは一企業のものという枠を超えて、社会のストックになっていくのだと思います」と話す。
都市の変化は速く、激しい。だからこそ20年、50年先にも対応できる建物を計画するためには、こうした変化を中・長期の視点でとらえる柔軟な発想が求められる。そこが建築の難しさであると同時に醍醐味でもあると、熊谷がいうように、何が最適であるかを見極めることは、設計者の力量にほかならないのだろう。

設計担当者

東京事務所設計部 設計主事 熊谷泰彦

設計担当者の肩書は、2009年12月の発行時のものです

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