さまざまな〝日本初〟を試みた大型商業施設

阪急西宮ガーデンズ

住宅街に隣接する球場跡地に誕生した、
西日本最大級のショッピングセンター

阪神モダニズム文化圏の中央に位置し、戦前から高級住宅街として知られる兵庫県西宮市。2008年11月、プロ野球・阪急ブレーブスの本拠地だった阪急西宮球場跡に誕生した「阪急西宮ガーデンズ」は、全国有数の集客力で知られる西日本最大級のショッピングセンターだ。
阪急電鉄・西宮北口駅から徒歩3分。その多くが広い敷地を確保しやすい郊外に建てられてきた中で、住宅街に隣接して立つ大型商業施設は、今後、増えていくことが予想される都市型ショッピングセンターの新たなモデルとして、業界から注目を集めている。
プロポーザルでの提案から、基本設計、実施設計監修・監理監修を担当した畑 正俊と増井康朝は、まちなかの住宅街に建設されたこの施設について、
「これだけ大規模なショッピングセンターを、ほぼ敷地いっぱいに建てること自体、これまで例のないことだったんです」と、話す。
緑の丘と化した屋上庭園「スカイガーデン」。広い空間に入る約270に及ぶ専門店をお客さんにくまなく回遊してもらえるようにと日本で初めて試みられた「サーキットモール」。そしてサーキットモールとセットで提案した、建物の中央に抱えた駐車場。
「敷地の形状など諸条件を考えると、こうなるのが必然でした」と、設計者が語る大型商業施設は、どのようなプロセスを経て誕生したのだろうか。

ほぼ正方形という他にない敷地形状から選択された、
サーキットモールとリングロード

ほぼ正方形という球場跡地を有効に活用し、人と車の動線を無駄のないものにする。設計者に最初に課せられたのは、この2点だった。
「大型商業施設でまず求められるのは、建物の隅々までお客さんに歩いてもらえる空間をつくることです。そのうえで、事業主の阪急電鉄さんが求める店舗数や、3000台分の駐車スペースを確保しようとすれば、建物が敷地いっぱいになることはわかっていたので、この2点をクリアするために、サーキットモールと中央の立体駐車場を提案しました」(増井)
諸条件から考えれば必然だったとはいえ、これまで日本になかったサーキットモールについては、〝行き止まる場所がないので、居場所がわからなくなりやすい〟という難点もある。そうした不安を解消するべく、西に阪急百貨店、東に総合量販店、南北に専門店を配したショッピングモールは、北は3層、南は5層を貫くダイナミックな吹き抜けを設け、カジュアルゾーンとラグジュアリーゾーンをインテリアのトーンや照明の色合いで区分けするなど、明確なゾーニングを行っている。専門店を配した南北のモールは緩やかな曲線になっているが、
「先を見通すことができる直線に対し、歩くにつれて新しい風景が見えてくる曲線のモールは、〝この先に何があるかな?〟とお客さんの期待を誘い、距離を感じさせないというメリットがあります。やはりモールは楽しく歩いてもらってなんぼ、という場所ですから」と、増井は説明する。
また、敷地のかたちに加えて周辺環境を考えたとき、車の動線を滞りないものにするために提案されたのがリングロードだった。
「すでに周辺道路が混み合っている都心部に車が集まる施設をつくる場合、できるだけスムーズに車が敷地に出入りできる動線を考えなければいけません。特に帰りに渋滞すれば、冷凍食品がとけるとお客さんから苦情が来るし、搬出入車が渋滞に巻き込まれることも、店側は避けたいことですから」(畑)
3000台分の駐車場には何本のスロープが必要で、どのような配置をすればよいか。検討を重ねる中で、どこからでも立体駐車場に出入りができ、比較的空いている道へと誘導可能なリングロードが計画された。

北側の住民のプライバシーを守ると同時に、
六甲山系を借景として生かした「緑の丘」

設計に当たって、もうひとつ考えなければならなかったのは周辺環境だった。西宮北口駅に隣接する敷地周辺は、戸建ての住宅が立ち並ぶ閑静な住宅街である。戦前から、地域重視のユニークなまちづくりを進めてきている阪急電鉄に対して、畑と増井は敷地内に緑を増やす、施設が大きく見えないようなファサードにする、といった提案を行った。
「すでに街がある地域に、これだけ大規模な商業施設を建てる。これはいってみれば、再開発なんです。商業施設である『阪急西宮ガーデンズ』を流行らせる=たくさんの人を集客したい一方で、近隣住民への配慮も求められる。そこで配慮の一案として、家と職場のあいだに緑の多い憩いの場=サードプレイスをつくることで、地域に貢献しようと考えました」
2階のメインエントランスと四階の屋上を最短距離で結ぶエスカレーターに乗ると、徐々に緑が近づいてくるスカイガーデンは、中央に噴水を配し、6つのテーマで構成されているが、他ではまず見られない試みが、背景にある六甲山系へと視線を誘うグリーンガーデン「緑の丘」だ。
「傾斜を設け、丘状にしたことで、緑に囲まれている感が出てきたとは思いますね。この傾斜は六甲山系を借景にするためだけでなく、生活をのぞかれたくない北側の住人にとっての目隠しにもなっているんです」(増井)
この傾斜とハイサイドライトによって、モール内に自然光が射し込むと同時に見上げれば、外の緑が視界に入るという仕掛けが施されている。
「緑は緑、お店はお店と分けるのではなく、お客さんに自然に緑を感じてもらえるようにしたいと思っていました。店舗サイドは何よりもお店を見せたいので、外部や緑を見せることを嫌がるんです(笑)。でも、視界に緑があると人の気持ちは落ち着くし、光や緑が感じられる居心地のよい空間にいると、結局お客さんの滞在時間は長くなるんですよ」(畑)
ダイナミックな吹き抜け、モール内のそこかしこに設けられた植物と休憩スペース、やわらかく落ち着いた照明、すでに近隣住民の憩いの場となっている屋上庭園……。1周450メートルのサーキットモールを楽しんでもらうためのさまざまな仕掛けは、〝どの店も一緒〟、〝無個性〟といわれがちなショッピングセンターに、西宮の街にふさわしい表情をもたらしている。
建物の緑化計画をともに進めたランドスケープデザイン事務所、実施設計と施工を担当した竹中工務店、商業施設のデザイン事務所、さらには周辺の自治会など、大型商業施設の建設には多くの人間がかかわっている。
「実物大サンプルを複数用意して選択肢を増やし、コスト削減を提案してくれた竹中工務店さんや、緑化計画を一緒に検討したランドスケープデザイン事務所など、大型商業施設の建設には相互協力が不可欠です」
関係者の力をつないでいるのは、再開発に絡んだ商業施設を手掛けてきた2人の設計者の〝調整力〟という、目には見えない力なのだろう。

設計担当者

大阪事務所設計部部長 畑正俊

大阪事務所企画部 設計主幹 増井康朝

設計担当者の肩書は、2011年12月の発行時のものです

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