建物に反映された、土地の力と地域性

兵庫県立淡路医療センター

周辺の赤煉瓦の建物との連続性を持ち、海と山を望む
絶好のロケーションに建つ、島内唯一の県立病院

『古事記』の国生み神話によれば、伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)が、日本列島で最初につくった島とされる淡路島。古の歴史を伝える独自の習俗や民間信仰、伝統芸能を継承する島は、全土の半分を占める山林面積の多くが照葉樹林に覆われているように、豊かな自然にも恵まれている。
人口約14万人のこの島で、島内唯一の県立病院、災害拠点病院として、住民の安心と安全を守る――そんな重責を担っているのが、2013年5月、洲本市で開院した「兵庫県立淡路医療センター」だ。1900年に鐘淵紡績が開設した工場の跡地に建つ「洲本アルチザンスクエア」「図書館」及び同センターは、近代建築を象徴する赤煉瓦の建物を再生した周辺の施設ともあいまって、洲本市の玄関口にふさわしい景観を築いている。
大阪湾や山並みを望む絶好のロケーションに、高度先進医療を提供する淡路地域の中核病院として計画された同センター。その風情ある外観や待合室の落ち着いた雰囲気は、病院を訪れる人々の多くが抱きがちな、心理的な負担や緊張感を解きほぐしてくれるだろう。
「カネボウ工場の跡地に建つ市立図書館や旧美術館との連続性を考えれば、赤煉瓦や淡路瓦の提案は必然でした。一見、病院らしくないこの雰囲気も、海や山がすぐそばに見えるという敷地の持つ力や地域性を考えて、意図したものです」と、設計を担当した楠 敦士と山本善宏は話す。

それぞれの機能を関連させつつ、無駄のない動線をつくるために
大切なのは、初めに行う各部へのヒアリング

大学時代から病院設計のケーススタディに取り組み、2009年のプロポーザルの時点から、同センターの設計に関わってきた山本は、
「古い病院は、ほぼ例外なく増改築を繰り返していて、そのたびに動線が増えてゆくという問題を抱えているので、設計においては動線をきれいに収めることが重要です。病院建築には、救急外来の横には画像診断や放射線が必要とか、外来診察室は受付からわかりやすい場所にあるべきといった、独自のセオリーもあります。もちろん最終的には個々の病院の意向を反映しますが、まずは必要な機能をリストアップして、敷地に合うように組み立てていきます」と、動線の重要性を挙げる。これについて楠も、
「病院にはさまざまな機能があるので、その機能を関連させつつ、パズルを上手く、きれいに組み合わることがいちばんの肝です」と同意する。
県立病院の場合、予算その他の制約などもあるため、必ずしも関係者の要望通りの広さを確保できるわけではない。 
「各科の広さは、過去の病院の実績から比率を配分しますが、旧病院では老朽化だけでなく、スペースの手狭さも問題になっていたので、どの部門の先生方も、現状より充実させたいという希望を持っていました。ただ、今回は延床面積が決まっていたので、調整には苦労しました。加えて病院は関係者の数が多いうえ、それぞれの要望も異なるので、その一つひとつに対応するために、まずは話をうかがうことから始めます」
医師、看護師をはじめ、病院で働く方々の仕事はいずれも専門性が高い。それぞれの立場からは正当な意見が、ときに対立することもある。だからこそ、設計を詰めるうえでは、担当者を集めたヒアリングが重要になる。
「プランを立てるためには、病院の意向を汲み取ることが何より重要なので、みなさんに一堂に会してもらって意見を聞きます。たとえばA案とB案があれば、その両案を踏まえつつ、これまでの経験から、単なる折衷案ではない新たなC案を提案する。それが設計者の役目です」
病室が視界に入りやすいように壁をなくしたスタッフステーション、廊下の突き当たりをガラス張りにすることで、外の景色が身近に感じられる上層階、休憩所に設けた畳スペース、病室のトイレの位置……病院で働く方々の希望を形にした、こうした建物内の一つひとつに、設計者の創意工夫は表れている。
「センターの配置上の大きな特徴として、まず挙げられるのは、外来を1階にまとめている点です。上下の階を移動すると、それだけで自分のいる場所を把握しにくくなります。高齢者が多い土地柄を考えて、リハビリと人工透析という特殊な治療以外は、1階だけで診療が完結するようにしましたが、患者特性を考えると、これは正解だったかなと思います」
2層吹き抜けの中央待合に面した中庭、そこから入る自然光と天井の高さも、病院であることを忘れるような開放的な空間をつくり上げている。

ひとつの建物の中に、さまざまな機能を持つ病院。
その設計に求められるのは繊細さと、調整役としてのバランス感覚

阪神・淡路大震災から20年。淡路島で唯一の災害拠点病院では、免震構造の採用や無停電電源装置、非常発電機、救急医療対応のヘリポートに加え、津波対策として敷地の盛土、そして浸水防止壁と扉の設置を行っている。
「海沿いという立地を考えて、設計時から敷地はマウンドアップしていましたが、着工後に東日本大震災が起きたことで、安全対策については改めて考えることになりました。施工開始後の変更は現場調整も大変でしたが、県の関係者との協議を経て、最終的には浸水防止壁・扉の設置、そして設備の浸水対策を追加しました」
さらに竣工式の一週間前、2013年4月13日に淡路島を震源とする地震が発生し、洲本市では震度5弱を記録。図らずも、災害拠点病院としての性能確保のために採用した免震構造の機能も証明された。
施工サイドの新たな要望、図面段階で検討中だった色の決定、仕様の確認などのため、工事の開始後も、週に一度は現場に足を運んでいた山本は、手術室やICUなどの特殊な空間もあれば、スタッフステーションやバックヤードに見られるオフィス機能、病室という宿泊機能、そして食堂の設備も必要な病院は、他の建物以上にさまざまな機能を持っていると話す。
「オフィスや公共的な面もあれば、一般住宅に近い病室や食堂・厨房もある。規模の違う空間を、それぞれのスケールで考えなければならないという点で、病院設計は繊細だと思います」
また、病院と他の建物の設計の違いについて、楠は、
「病院設計の場合、他の施設と比べて関係者の数が多いので、プランを立てるところから最後の色の決定まで、意見の調整とすり合わせることが不可欠です。それぞれの意見を取り入れつつ、トータルでのバランス、整合性をとっていくことも、設計者の大事な役目でしょう」という。
街中と地方の病院では、求められる雰囲気も当然異なる。広い敷地を活かし、ワンフロアに集約した外来診療。県産木材を使った中央待合の天井、海を連想させる紺をキーカラーにしたサインボード。清潔感のある居心地のよい病院は、住民にとっても安心と安全の拠点となっているのだろう。

設計担当者

大阪事務所設計部 設計主幹 楠 敦士

大阪事務所設計部 設計主任 山本善宏

設計担当者の肩書は、2015年3月の発行時のものです

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