コミュニケーションを促す、 都心のスマートオフィス

エービーシー商会 本社ビル

都心とは思えない眺望のよさ。隣接する日枝神社を借景として、
敷地環境を最大限活かし、千代田区初のBEI値0.5以下を実現

国会議事堂をはじめ、国の主要機関や報道機関、そして多くの企業の本社が置かれている東京都千代田区。皇居外苑に隣接する区域には大きな寺社が点在するように、同区は都心にありながら緑被率の高い区でもある。
1950年に創業した商社機能を併せ持つ建材メーカー、株式会社エービーシー商会が千代田区永田町に旧社屋を構えたのは1975年。東日本大震災後、旧耐震基準の建物の安全性への懸念から、同社は現地での建て替えを決め、2020年6月、ショールームを併設する新社屋が竣工した。
北に鎮座する日枝神社の緑を映すガラスファサードや、ショールーム階のテラスに設けた緑化空間が目を引く、明るくすっきりとした外観。一階から最上階まで各上下階をつなぐ内階段や、南と東の窓側に設けたコミュニケーションスペースが印象に残る執務空間。この階段室を活用した自然換気システムや床輻射空調、特殊な高性能ガラスの採用によって、新本社は千代田区初のBEI値0.5以下を実現している。意匠設計を担当した西山 剛は、
「敷地環境を最大限活かすにはどうすればよいか。設計者としては、つねにそのことを意識していますが、今回は都心の中の都心にありながら、あれほど視界が開けていることに加え、日枝神社という最高の借景があったので、それを活かしたいという気持ちがあって。周囲に開かれたビルにしましょうという話は、最初からしていました」と話す。

アットホームな雰囲気や会社のカラーにインスピレーションを得て提案した、
内階段とコミュニケーションスペース

上下階の行き来を促し、人の気配を伝える、オフィスビルとしては珍しい内階段。南と東に面した窓側に設けた、コミュニケーションスペースという縁側的なバッファゾーン。このふたつについては、クライアントとの打ち合わせの中で得たインスピレーションが大きかったと西山はいう。
「設計のために現地調査に入る私たちにも気軽に声をかけてくださるように、エービーシー商会さんはとてもアットホームな会社なんです。そういう会社の雰囲気やカラーを考えると、効率や合理性だけを重視した、人間味のない均質な空間を求めてはいないだろうと。担当の方からも、風通しのよいオフィスにしたいといわれていましたが、それは物理的にだけでなく、コミュニケーションを促すというニュアンスも含んでいると理解して、執務空間にも縁側のようなバッファゾーンをつくりました」
 内階段など、図面だけではなかなかイメージしづらい点についてはVRゴーグルで体感してもらうなど、設計を進める過程では、BIMの強みも活かされている。また、眺望のよさと執務空間の快適さを確保しつつ省エネを実現するために、設備面でも様々な工夫が施されている。
「省エネに興味があっても、具体的にどういう方法があって、どのくらい費用がかかり、どれだけ効果があるのか。わかりづらいと感じている人は正直、多いのではないかと思ったので、国が定める一次エネルギー消費量基準からの削減率・性能を示すBELS認証の取得を目標に、快適性と生産性を上げつつ、省エネも達成する設備を検討しました」
 直接、風が吹きつけるエアコンと比べて乾燥感がなくなったという声が聞かれるように、気流感や温度・湿度のムラの少ない床輻射空調。中間期には一日最大60パーセントのエネルギー低減効果のある、階段室を利用した自然換気システム。内側にLow-Eガラスを入れ、中空層にアルゴンガスを注入するなど、特殊な構成によって遮熱効果を上げているガラスファサード。快適な執務空間をつくることで、生産性を上げると同時に省エネも実現するため、エービーシー商会では設計側の提案を受けて、建築マネジメントシステム「BuildCAN(ビルキャン)」を導入している。

BuildCANを通じて快適な執務環境を整備するとともに
クライアントの建物の運用、新しい働き方にもコミット

「BuildCAN」は、竣工後の建物の維持・管理・運用への活用を目的に、クラウド上に蓄積した建築データをIoT環境センサーとBIMモデルに連携させた建築マネジメントシステムである。導入の具体的なメリットとして、一次エネルギーの消費削減と空間の快適性を同時に実現することなどが挙げられる。建設から解体まで、建物にかかる総費用のうち、設計・施工費用は25パーセントほどで、残りの75パーセントは建物の清掃・修繕・改修費や水道光熱費含めた維持管理費が占めるように、施設管理のシステム化と費用の削減が、企業経営に与える影響は大きい。
エービーシー商会の新社屋は、各オフィスフロアに温湿度センサーと二酸化炭素センサーが設置され、サーバーに蓄積されるエネルギー消費量や温湿度、二酸化炭素濃度などの数値データは、各フロアのタブレット端末で誰でも見ることができる。快適さを左右する温湿度の視覚化には、どんなメリットがあるか。環境・設備を担当した河内悠磨は、
「人それぞれ、温熱感覚は大きく違うのに、均一に温湿度調整された空間では、それが標準的な温湿度であっても、不満を持ちながら働く人が必ず出てきます。ある程度バリエーションのある執務環境をつくり、どのエリアがどういう温熱状態か、視覚化して提供すれば、それぞれの人が好みや仕事の内容によって、自分に適した場所を選んで働くことが可能になり、満足感や生産性の向上にもつながります」と話す。
この考え方の前提条件となるのが、エービーシー商会が導入したフリーアドレスというオフィスのスタイルである。状況に応じて働く場所を個々が選択できるフリーアドレスは、他者との想定外のやりとりを含め、自然発生的なコミュニケーションを促している。
BuildCAN導入はクライアントだけでなく、設計側にもメリットがあると、やはり今回、環境・設備を担当した小林裕見子はいう。
「クラウドに上がっているデータを通じて、ユーザーが建物をどう使っているか、実際に見ることができるので、データを解析してクライアントのニーズに合った機能やサービスにつなげることが今後の課題です」
リアルタイムで把握したデータをもとに、働く人たちに喜ばれる快適な環境を整備すること。それが設備設計者にとって、もっとも嬉しいことだと環境・設備を担当したふたりはいう。自分たちに求められるのは単に建物をつくるだけでなく、クライアントの建物の運用にコミットすることだと、ICT領域統括の繁戸和幸がいうように、設計事務所が積み重ねてきた知見は、今後、建物のライフサイクルコンサルティングに活用されることで、企業の生産性の向上や執務環境の整備に寄与するに違いない。
「クライアントとの対話を重ねる中で生じた化学反応を大事にしながらプロセスを進めた」と、西山がそう語ったエービーシー商会の本社ビルは、次世代のオフィスビルとして進化することだろう。

設計担当者

執行役員ICT・データマネジメント部長 繁戸和幸

東京事務所設計部 設計主任 西山剛

東京事務所環境・設備部 環境・設備主事 小林裕見子

東京事務所環境・設備部 環境・設備主任 河内悠磨

設計担当者の肩書は、2021年3月の発行時のものです

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