1980年代後半から、東京都が開発を進めた臨海副都心。93年にレインボーブリッジと首都高速11号台場線が開通、その後、高層オフィスやホテル、タワーマンション、大型商業施設が建設され、在勤、在住者が増加しているように、同地区は現在進行形で変貌し続ける街である。
2020年9月に開業した東京国際クルーズターミナル(以下、TICT)は、この臨海副都心に誕生した、東京港の新たな玄関口だ。新交通ゆりかもめの車両から海を見ていると視界に入ってくる、緩やかにうねる大きな反り屋根。陽が落ちる頃、ライトアップされる客船ターミナルは、近くからは水面に揺らぎ、遠くからは水上に浮かび上がり、夜景を美しく彩る。
近年、旅客船の世界には、全長300メートルを超える超大型客船が相次いで登場している。レインボーブリッジを通過できないこれらの船が寄港できるよう、外洋側に新たな客船ターミナルをつくりたいという東京都の要望を受け、2015年からTICTの意匠設計を担当した杉木勇太は、
「客船ターミナルは、ゲストを出迎えると同時に見送る施設なので、人々の出会いと別れの場であることを、この建物の特徴のひとつと考えました。
東京の景色を一望でき、ゲストをしっかりと出迎える建物であることを、
入港する船と東京の風景、それぞれに開いた大屋根で表現しながら、その下に人々が集まる――そんなイメージをかたちにしました」と話す。
橋を通過できない超大型客船が寄港できるように、TICTは海上に建設された。基礎となるのは、土木サイドが設計を担当したジャケット式桟橋という工法でつくられた人工地盤で、土木と建築の一体構造として建築されたTICTは、日本で他に類を見ない計画だったという。構造設計を担当した安田拓矢は、
「建設予定地は海で、陸地がないと聞いたとき、正直、最初はどうすればいいかと思いました。ジャケット式桟橋上に建築をつくる際は、鋼管杭に巨大なジャケットをはめ込み、人工地盤を構築した後、建築を支える柱を立てます(図①参照)。土木工事でつくられた人工地盤上に、正確に柱を立てるにはどうつなげばよいか。1年ほど接続方法を検討しました」という。
長さ50メートル以上になる48本の建築用の柱を、位置をずらすことなく人工地盤の杭位置に正確に立てていく。ミリ単位の誤差しか許されない施工を遂行するため、構造設計者が考えたのは、鋼管杭と建築用の柱のあいだにセットプレート(図②参照)をはめるという方法だった。
「一見、変哲のないセットプレートをかませて位置の調整を行った上で、コンクリートを打っていきます。コンクリートは一度固まると、調整ができないので、ミリ単位で柱を合わせた上で、ずれが生じていないか、精度を確認します。コンクリートは数回に分けて打って確認し、固まった時点でまた打って、固めて……と、そんな作業を繰り返しました」
この難題にどう対応するか。安田とともに検討した構造設計者の足立幸多朗は、新たに開発した工法で施工する前に、原寸大のモックアップをつくって、施工性の確認を行ったと話す。
「複雑な形状に隙間なくコンクリートを打てるか。充塡性を確認するため、モックアップでは、透明なアクリル板を使って実験しました。その結果、隙間ができる箇所に空気抜き孔を設けるなど、対策を取ることができました」
海上に建物をつくることで直面した技術の課題は、構造だけでなく設備においても同様だったと、設備と照明を担当した伊藤圭一はいう。
「非常時に主要性能を維持できるように、設備の大半は4階に設置しましたが、それでも1階に置かなければならないものもあります。最大のハードルは給排水、電気、通信を、陸地からどう引くかでした。隣の東八潮緑道公園は埋立地ではあるものの、インフラは埋設されているので、そこから桟橋の下に吊るす方法で、施設に配線・配管しましたが、日常的に波に叩かれる状況に対応できるよう、かなり工夫を施しました」
地盤をつくるところから始まった客船ターミナルは、構造・設備以外においても、超大型客船ならでは、というべき配慮がされている。
「超大型客船の寄港時には、最大5000人以上が上陸します。ピーク時にバスやタクシーがどれだけ増えて、台場エリア全体で交通量がどう変化するかを計算して、支障が出ないよう、調整を行いました」(杉木)
海上という特殊な立地条件ゆえに向き合った、これまでにない多くの課題を新たな技術でクリアしたTICT。冒頭、杉木が語った〝船と東京の風景、それぞれに開いた〟大屋根の緩やかなうねり、その曲線に、寺社仏閣のそれを思わせる和の美を感じる人は少なくないだろう。
「大屋根の形状は、構造設計者と一緒に検討しています。西陽の射す側は天井を低く抑えることで日照をコントロールして、天井を高くした東側は煙突効果で、屋根伝いに暖かい空気を誘導して排熱する。エネルギー効率など、機能面も踏まえつつ、屋根の形状は決まりました」(杉木)
「曲線の部材でうねりを構成するのは大変なので、直線の部材で表現できるようにルールを考えました。そのルールに沿って部材を構成することで、思い通りの屋根ができたのではないかと思います」(足立)
大屋根が象徴的なTICTの設計を、杉木とともに担当した松原 輝は、
「客船や、台場エリアのいろいろな場所から、建物がどう見えるか。造形については海という場所性に応えるべき建築でした。街中ではなく海上にあるTICTは、より自然との調和が求められたと思います」と話す。
場所に適したデザインの美しさをさらに引き出しているのが照明だ。
「形状が特徴的な建物なので、照明は形状そのものを上手く見せるように計画しています。全方位これだけ水に囲まれている建物は稀なので、水面にどう映り込むか、周囲の夜景にどう溶け込むかを考えながらシミュレーションして、色合わせをしました。建物が水に浮いている、そんな浮遊感を出すために、時間帯別に照明シーンの切り替えも行っています」(伊藤)
意匠·構造・設備設計者が一丸となってつくり上げたTICT。
「ビジネス利用も多い駅や空港に対して、客船ターミナルは旅行に行きたい人が利用する建物です。人に楽しみを提供する施設の設計を担当できたことは幸せでしたし、早くたくさんの人が、ここから笑顔で船旅に出るシーンを見たいと思っています」と、杉木が話すように、世界中の人が決して忘れることのない、2020年という年に誕生した東京の新たな玄関口は、今、世界各地からの旅行者の寄港を待ち望んでいる。