名古屋の中心部まで約20キロ、木曽川の南岸、愛知県の北端に位置する犬山市。飛騨木曽川国定公園に代表される豊かな自然に加え、現存する日本最古の木造天守閣の国宝・犬山城、そのもとに形成された城下町のまち並み、明治時代の建造物を移築・復元・公開している明治村など、犬山市は歴史的な観光資源を有することでも知られている。
各地方自治体が人口減少と少子化問題に直面するなか、1980~90年代に建設された保育施設の老朽化という課題に市としてどう対応するか。検討した末、地域の2つの園舎を統合して新設されたのが、2025年2月に竣工した「犬山市立橋五子ども未来園」(以下、子ども園)だ。
犬山市で約40年ぶりに計画された保育施設が建つのは、四方を田んぼに囲まれた田園地帯。広い空の下に現れる平屋の園舎は、フラットな屋根から立ち上がる複数のゲートルーフが遠くからも目を引く。同市の隣町の出身で、プロポーザルからプロジェクトを担当した意匠設計の奥村幸生は、
「この地域の環境はよく知っていたので、まずは田んぼの真ん中にどんな風景を描くことができるかを考えました。建設予定地は、近くの幹線道路や電車からもよく見える場所でもあります。フラットな風景のなかに、子育てのシンボルとなる園舎をどのようにつくるか。類似施設の設計の経験があるメンバーと一緒にいろいろ検討しました」と話す。
保育施設の関係者が共有するのは、子どもたちがどこにいても安心して楽しく、健やかに過ごせる場をつくりたいという思いだろう。ゲートルーフのデザインに象徴される、やわらかな印象をもたらすR形状を多用した園舎の内外は、ほぼオーダーメイドした家具類をはじめ、木材を活用している。奥村同様これまで類似施設に関わってきた意匠設計の小田祐司は、「R形状は安全のためだけでなく、デザインのアクセントにもなっています。平屋建てということもあり、今回は木造園舎も提案しました。災害時の福祉避難所に求められる耐久性や、公共施設としてのメンテナンス性などを考慮して、最終的にRC造になりましたが、その分、内装は徹底的に木質化にこだわり、家具や壁、床材、軒下や縁側のデッキなど、ふんだんに木を使いました」という。
やわらかな曲面を持つゲートルーフは、子ども園の外観デザインの目玉でもあるが、これはRC造にしたことで実現できたと、奥村と小田は続ける。
「ワクワクできる子ども園のシンボルとして、また、光や風を園舎内に取り入れる環境装置としても、ゲートルーフは設計者としてぜひ実現したいアイディアでした。過去に不具合があったことから、市の方々はトップライトの設置に懸念を抱いていたのですが、深い軒とハイサイド窓を組み合わせたゲートルーフであれば、自然換気や採光を確保しながらメンテナンスもしやすいことを伝えて理解を得ました」
ゲートルーフのデザインについては、どんな機能を持たせるかも併せて社内で20案以上、検討したという。4か所に設置したゲートルーフのうち4か所は自然換気と採光をもたらす吹き抜け空間となり、残りの3か所のひとつは展望テラスに、2つは機械設備置場になっている。
園児、保育士、保護者にとって使いやすいだけでなく、ここにいると心が弾む――そんな園舎にするために設計者が熟考したのが、園舎の配置だった。今回、設計チームは園舎南側の園庭と乳児の遊び場となる中庭という2つの庭を計画。中庭の周りを縁側でぐるりと囲み、2つの庭のあいだは、半屋外のテラスでつないでいる。サッシを全開にすることで生まれる中庭からテラス、テラスから屋外の庭へという空間の連なりは、子ども園の最大の特徴であり、魅力となっている。中庭を中心にぐるぐる縁側という屋内回廊を設けたロの字型の配置、そして2つの庭を半屋外のテラスでつないだ空間構成について、小田はこう話す。
「園内の見通しがよくなって死角がなくなること、保育士の方々の動線が短縮されることなど、中庭を設けることにはいろいろなメリットがあります。今回は異年齢の園児の交流を促すために2つの庭をどう関係づけるかを考えて、あいだに半屋外のテラスを設けましたが、これによって視覚的にも空間的にも庭をつなぐことができました。半屋外のテラスは炎天下や雨の日でも、子どもたちが安全に遊ぶことのできる場所になっています」
今回の計画では、市の担当者、保育施設の関係者、地元市民や有識者らとの意見交換が何度も行われた。
「駐車場への屋根の設置は、ワークショップで出たアイディアです。市内に13ある子ども未来園の園長先生方が参加した意見交換会では、保育室の出入口には飛び出しを防止する背の低い防護柵を設置する、子ども用トイレには年齢ごとに適した位置に出入口を設けるといった意見をいただきました。いずれもなるほどと思うもので、意見を反映し、新たな提案を繰り返しながら、よりよい子ども園を目指しました」(小田)
また、2021年に「2050年にゼロカーボンシティを達成する」と宣言した犬山市から、園舎をZEB化したいと依頼された設計チームは、省エネと創エネを推進するさまざまなメニューを導入。東海エリア初、公立保育園としては全国で3番目となるフルZEB園舎を実現した。環境・設備の設計者として子ども園に関わった大阪事務所の寺井千佳は、「特殊な設備は導入しないパッシブな設計を行いましたが、環境負荷を下げるアースチューブは地中熱をどのように利用して空気を送っているのか。屋上で見学ができる太陽光パネルはどんなものか。環境に関心を向けてもらえるように仕掛けづくりを意識しました」と話す。
「最初にこの地に来たときに思い描いた通り、子育てのシンボルになる建物と風景、環境対策の見える化を実現できました」(奥村)
「市の担当者がとても熱意のある方で『子どもの未来をつくるために、とにかくよいものをつくりたい』という情熱に、私たち設計者も触発されました。設計は、一概に何が正解とはいえません。その判断をするのは建築主や建物を利用する方々ですが、今回、『安井さんは思いをかたちにしてくれる設計者でした』といわれたことは心に残っています」(小田)
設計者がそう語るように、関係者が思いを共有して進んだプロジェクト。2025年4月の開園前から注目を集めた子ども園には、未来を担う多くの園児が通っている。地域から期待を寄せられた園舎には、笑顔で元気に駆け回る子どもたちの明るい声が響いていた。