建築なんでも相談

歴史的・文化的価値を継承するホテル

ホテルインディゴ長崎グラバーストリート

歴史的価値を持つ赤レンガの建造物に、コンバージョンによって
新たな命を吹き込んだ、他に類を見ないラグジュアリーホテル

鎖国下の日本で、唯一の貿易の窓口として海外にひらかれていた長崎県。開国後、長崎市内の丘陵地に造成された外国人居留地のひとつ、長崎湾を見下ろす南山手地区には、世界文化遺産の国宝・大浦天主堂、現存する日本最古の木造洋風住宅のグラバー邸、築100年を超える石造り・レンガ造りの建物など、複数の重要文化財建築が残っている。
伝統的建造物群保存地区に指定されている同地区に、2024年12月に竣工した「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」は、1898年に建てられた歴史的価値の高い赤レンガの建造物をコンバージョンによって再生した、他に類を見ないラグジュアリーホテルだ。築約130年、修道院、女学校、児童養護施設として、その歩みを重ねてきた建物の設計を担当した構造設計の安田拓矢、意匠設計の松島 忍と中村 仁は、「児童養護施設(マリア園)として利用されている赤レンガの建造物をホテルとして活用するに当たって、建築主の森トラストさんはこの建物と同じ1898年に誕生した『半田赤レンガ建物』(愛知県半田市)のコンバージョンを手がけている私たちの手腕に期待を寄せてくださったようです。耐震強度の問題などハードルはあるものの、これは残す価値のある建物だと思い、再生するためにどのような選択肢があるか、さまざまな検討を始めるとともに現地調査に赴きました」と話す。

耐震補強のため、レンガの外壁に160本の鉄筋を挿入。さらに
このレンガ壁を鉄骨とスラブでつなぐ、ハイブリッド補強を実施

築約130年の建物をホテルにコンバージョンするには、耐震補強をはじめ、さまざまな改修が求められる。また、第一種低層住居専用地域の南山手地区にホテルを建築するには、建築基準法48条で定められた用途規制の特例許可が必要なため、設計チームは建築審査会への申請手続きを進めると同時に、ホテルの建築について、近隣住民への説明会を行ったという。
「反対意見があれば、ホテルは建設できません。ただ、かつて保育園だった時期にここに通われた方もいらっしゃるように、マリア園は地元の方にとっても身近な存在です。地域に親しまれてきた建物を残したい気持ちは建築主、長崎市、住民の方々が共有していました」(松島、安田)
関係者一同、保存・活用を望んでいるものの、図面のない、老朽化した建物をどのように再生するか。補修の方法を検討するためには、現状を正確に把握することが大事だったと中村はいう。
「まずは耐震診断を行い、時間をかけて緻密な調査を進めました。マリア園がどのように建設されたのか。壁や窓枠があった場所やそのサイズ、レンガの強度なども確認しました。窓枠やステンドグラスについてはいつ頃、どんな材料でつくられたかを把握するため、文化財課の許可を得て一部取り出したものを、専門家の方にも協力いただいて調査しました」
診断と調査の結果、文化財として保存対象であるレンガ壁には160本の鉄筋を挿入。損傷の大きかった屋根や内部の木造部分は、いったんすべて取り外し、中は鉄骨造にするという大胆な構造補強が敢行された。
そもそも改修はハードルが高いといわれるが、文化財として扱われる建物の場合、その制約はさらに増す。この点について設計チームはこう話す。
「今回、建物の内部は保存対象ではなかったので、耐震性を担保するためにいったん内部をすべて取り出し、鉄筋を挿入したレンガ壁を鉄骨と一体化するハイブリッドな補強が可能でした。一方、保存対象である外観の一部、窓枠や建具などについては、補修方法や使用する材料に厳しい判断基準があります。私たちも保存できればと思うものの、設計者としてホテルに求められる静寂性をはじめ、性能の確保は不可欠です。文化財課の方には、材料や補修方法を逐一、提案して、協議を重ねました」
保存が前提の文化財は、現状維持が基本だが、文献などで確認できる状態への復原は認められるという。長く生きてきた建物は、その間、改修を繰り返している。現地調査に加えて、解体作業や文献で確認できたことを踏まえて、オリジナルに近い状態への復原も行ったという。
「漏水対策で二重になっていた屋根は当初の銅板葺きに、半世紀前の写真で屋根にあったドーマーも、現場で裏づけ調査を行い、復原しました。内部についてもリブ ヴォールトの天井や柱、ステンドグラスなどが残る聖堂は文化的価値が高く、長崎市と森トラストさんの『保存したい』という希望を受けて、レストランへとリノベーションしました」(中村)

インテリアのコンセプトは、和華蘭文化と長崎さるく
新築にはない存在感と趣きを持つ、長崎を体感できるホテルに

日本・中国・西洋の文化が融合した和華蘭文化。当地のことばでまちを散策することを意味する長崎さるく。長崎を象徴するこの2つをコンセプトにしたホテルの内装は、長崎更紗を模したモザイクタイル、洋館のよろい戸をモチーフにした装飾扉、舶来品ということばがしっくりくる調度品など、ロビーに足を踏み入れたゲストが、かつて貿易の拠点として賑わった土地の気配を感じられる空間になっている。
「インテリアデザイナーの方は、異国と交流を続けてきた長崎のイメージをデザインされました。室内や共有空間は色や柄を多用しながら収まりがよく、落ち着いた雰囲気になっています」(中村)
各地で保存・活用されている同時代に建てられた赤レンガの建造物の大半は、倉庫として堅牢につくられたものだという。一方、120年にわたって居住空間として活用され続けてきたマリア園は、ある種、異色の建物であり、残っていたこと自体、奇跡的だと設計者は口を揃える。
「マリア園はレンガ造としては珍しく窓の多い建物です。レンガへの鉄筋挿入だけでなく、鉄骨と一体化する補強手段を取ったのもそのためでした。約130年生きた伝統建築物は良質な社会ストックであり、風景の一部です。そのままでは朽ちてしまう建物を建築技術によってつなぐことで、まちの一部として残す。これも我々の仕事なのだと思いました」(安田)
「内部を取り除き、レンガ壁だけになった建物を再構築できたときは、素直に感動しました。建物が第2、第3の人生を歩めるように新たな命を吹き込む。今回のプロジェクトがその事例になればと思います」(松島)
「重要文化財の改修は『建物を昔の通りに復原してください』となりますが、今回はホテルとして活用することが前提だったので、耐震基準を満たし、現代に合う改修をすることが必要でした。建物の価値を上げるための提案を長崎市の担当の方に理解していただけたことで、居留地の歴史を伝えるよいホテルができたという自負はあります」(中村)
ここに泊まれば、長崎を体感できる。そんな感想が聞かれたように、新築とは趣きの異なる存在感とオーラが、ホテルの最大の魅力だろう。

設計担当者

東京事務所構造部長 安田拓矢

東京事務所設計部 部長 松島忍

東京事務所設計部 主事 中村仁

東京事務所設計部 主任 中島平

設計担当者の肩書は、2025年12月の発行時のものです

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