〝自然を取り込む〟と〝環境配慮〟をかたちにする

ANA長崎コールセンター

スーパーバリアフリーと環境対策を目に見えるかたちで実現、
働きやすい職場環境を追求したコールセンター

JR長崎駅から車で約15分。県の企業誘致に応じて大小40ほどの企業が進出している長崎市神ノ島町に、2011年2月に竣工した「ANA長崎コールセンター」は、現在、全国に5ヵ所ある全日本空輸株式会社(以下、ANA)のコールセンターの中で初めての自社ビルである。
同社のコーポレートカラーのトリトンブルーにも重なる――そんな長崎湾の海と青い空に映える白い外観の建築の前に立つと、まず目を引くのが、オペレーションルームを取り囲む三方に施した壁面緑化だろう。再生木を使ったルーバー(庇)とそこからのぞく草花が周囲の風景に調和している建物は、地元の人びとから、「美術館のようだ」といわれているという。
外観と呼応する白を基調としたシンプルな内装、中庭を囲む四方を全面ガラス張りにするなど、ガラスを多用して自然光を最大限取り入れた建築は職場環境に敏感な女性たちにも好評で、クライアント側の担当として設計者と議論を重ねたANAテレマート株式会社の黒木晋太郎氏は、「私たちが予想した以上によいコールセンターが完成したと思っています」と語る。
「ANAさんには最初から、『バリアフリーを徹底した〝スーパーバリアフリー〟、そして環境対策を、目に見えるかたちで建物に表現してほしい』という明確なリクエストをいただいていたので、こちらも取り組みやすかったですね」と、話すのは、設計を担当した上枝真二と井上繁美だ。

クライアントにとって、予想外の提案だった〝中庭〟がもたらした
自然光や外の風景を取り込んだ開放的な空間

スーパーバリアフリーと環境対策を徹底することに加えてクライアントが設計者に求めたのは、自然を取り込み、航空会社の拠点であることが感じられる建物をつくってほしい、という2点だった。
「目の前が海という立地条件や周辺環境からも、建築に自然を取り込むことについては、我々とANAさんのあいだで一致していました。〝オンとオフのある風景〟、〝コミュニケーション・スポット〟といったキーワードは、東京のコールセンターを見学させていただいて、オペレーターの方々の仕事は想像以上にハードであることがわかったので、休憩時間にはくつろいでもらえる場所をつくりたいという考えから出てきました」(上枝)
個人情報を扱うという仕事柄、コールセンターには高いセキュリティが求められる。建物を正面から25メートルセットバックしているのは、外から内部の様子を見られないためでもあるそうだが、
「やはり働く人たちにはどこかで自然を感じ、くつろいでほしいという思いから、中庭的なスペースをつくりたくなってしまったんです」(上枝)
企業の建物に中庭を設けるという設計者の発想について、〝最初、自分たちにとってはまったく予想外の提案でした〟と黒木氏はいうが、
「スーパーバリアフリーを実現するために建物を平屋にすると、平面が大きくなり、窓から遠い場所の採光が難しくなることはわかっていたので、絵を描きながら中庭の役割を説明していきました」と、井上は話す。
中庭を囲む全面をガラス張りにすることで、自然光を最大限生かした空間は、明るさや開放感に加えて白い床や壁面への光の映り込みも美しい。 ――せっかくつくっても、そのスペースが現実的には利用されないことも少なくない。中庭についてはそんな意見を聞くこともあるが、4月、10月の入社式の際には、会議室の窓を全開にしてセレモニーが行われるなど、ここでは充分に活用されている。また、
「環境対策についても、目に見えるかたちで表現してほしいという依頼を受けたので、思い切ってやってみました」と、2人の設計者がいうように、「ANA長崎コールセンター」という建物の顔ともいえる壁面緑化は、実に繊細な配慮と計算のもとに行われている。壁面緑化や中庭によって自然を取り込んでいく際、設計者がまず考えるのが、採光である。ガラスを増やせば明るくなる反面、太陽の熱と光が入るため、環境負荷も大きくなってしまう。環境負荷を抑えながらも、自然光を取り込みたい。そのために大きな役割を果たしているのがルーバーだという。
「壁面緑化は見た目をよくするためだけでなく、直射日光を防ぐ役割も果たしています。中庭もそうですが、太陽が高くなる夏と低くなる冬では建物への陽射しの入り具合が変わるので、採光をシミュレーションしながら、角度やピッチを計算して、それぞれのルーバーの奥行きを決めました」

クライアント社内に設置された建設委員会と、働き方についての
議論を重ねる中で完成した、モチベーションを高める建築

同様に、自然光を上手く生かしているのが、トップライトを効果的に設けたオペレーションルームである。
「直射日光が入るとモニター画面が反射して見えにくくなってしまうので、北向き開口で角度を計算しながら採光シミュレーションをしました。都心のビルなどの場合、自然光を取り入れるといっても限界がありますが、今回は、そこを最大限生かすことができたと思います」(井上)
オフィスの照度は基本、750ルクスといわれるが、自然光を取り入れたオペレーションルームは350ルクスに設定されている。
「照度については一様に750ルクス必要かどうか、ちょうど議論されていた時期で、モニターの明るさもあるからと決断しました。これは照度の違いを体験できるショウルームを見学したときに聞いたのですが、照度を落としているほうが疲れにくく、夜も眠りにつきやすいそうで、働いている方々も暗いとは感じていないようですね」(井上)
仕切りのない広いオペレーションルームには、チーム内でのちょっとした打ち合わせに利用できるスペースも設置。働く人たちの気分に応じて選べるよう、場所ごとに壁の色を変えるなど、工夫が凝らされている。
「今回は初の自社ビルということで、ANAさんにもいろいろビジョンがあったと思いますが、社内プレゼンテーション後に設置された建設委員会の方々との打ち合わせを通じて多くの意見交換をしました。〝施設を利用する人たちの意見も反映してほしい〟と、みなさんから挙がってきた意見を聞いたことは、パウダールームや空調など細かい部分に反映されています。ここでどのように仕事をするか、働き方についても議論を重ねたうえで最終的な設計を提案しているので、完成した建物が当初の予想通りの使われ方をしていることは、何より嬉しいですね」
建物そのものが、働く人々のモチベーションになってほしい。建設委員会を通じて議論を重ねる中で高まっていった設計者たちの思いは、建物の中にいながら自然を感じられる、働きやすい職場環境を実現することによって叶えられたといえるだろう。

設計担当者

東京事務所設計部長 上枝真二

東京事務所設計部 設計主任 井上繁美

設計担当者の肩書は、2012年12月の発行時のものです

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