重ねた歳月に見合う、〝新しい月島〟

CAPITAL GATE PLACE (月島一丁目3、4、5番地区 第一種市街地再開発事業)

関係者全員の合意のうえで、物事を進めてゆく再開発事業
企業の枠を超えたチームとして、目的を共有したプロジェクト

日本有数の繁華街・銀座まで三キロ足らず。隅田川と目と鼻の先に位置する中央区月島は、川沿いならではの開放感があるいっぽう、幹線道路を一本、内に入れば、東京大空襲の被害を逃れた古い木造住宅が密集しているように、その町並みに昭和の名残を留める地区である。職住近接を推奨する行政の呼びかけで再開発が進行している都内でも人気のこのエリアに、2015年7月に竣工したのが「CAPITAL GATE PLACE」だ。
「月島一丁目3、4、5番地区第一種市街地再開発事業」というまちづくりを進めるため、3年にわたる調査期間を経て、市街地再開発準備組合が設立されたのが2005年。関係権利者250人(うち地権者数150人)、事業区域約一ヘクタールに上る大規模な再開発に、都市計画のプロとしてゼロから関わった都市デザイン部の山本 智と企画部の末永健一は、
「ひとくちに再開発といっても、そのケースはさまざまですが、関係権利者の方が多い場合、計画の検討から竣工までひと声20年といわれているなか、13年でまとまった月島は大きな成功例になったと思っています。再開発は基本、関係者全員の合意を得たうえで物事を進めていくため、最初の骨格づくりがとても重要ですが、今回はその骨格を固めて以降、企業の枠を超えたチームとして、よい建物をつくろうという意思を全員が共有して、前進することができたプロジェクトでした」と、その経緯を振り返る。

高齢化が進む地域における再開発事業は、時間との勝負
早期の引き渡しのため、全体竣工前に中層部を完成させる

地下鉄2路線を利用できる月島駅の、ほぼ真上に位置する。そんな好立地ではあるものの、戦前に建てられた木造長屋など、古い建物が密集していた同地区。広場や公園など緊急時の身近な避難場所も少なく、地域の防災問題については住民自身、以前から不安や懸念を持っていたこともあり、当初から多くの方が再開発の推進を希望していたという。
地権者(組合)、設計・施工、不動産デベロッパー(参加組合員)。事業コンサルタントによるハンドリングのもと、この三者のバランスのうえに成り立つといわれる再開発事業において、最重要課題のひとつである権利変換も、事前に各地権者に希望の〝階数、方位、面積〟についてヒアリングを行い、設計者が何パターンもの図面を作製。地権者の意向と図面をすり合わせる作業をていねいに繰り返し、合意を得たことで、事業コンサルタントの担当者いわく、関係権利者の数が優に200名を超えていたにも関わらず、権利変換計画は他に例がない速さで進んだという。
「再開発の最大の特徴は〝一体どうするの?〟というほど大勢の人が事業に関わっていることです。他の現場ではおそらく会うこともない方もいるので、そういう方々にも理解いただけるように、話し合いの際にはことばも一つひとつ選んで、合意を得られるように努めました」(山本、末永)
施設計画の枠組みをつくった山本と末永も、設計者として建物の骨格をつくった大谷 毅と加藤 裕も、口を揃えていうのが時間についてだった。
「月島のように高齢化の進んでいる地域の再開発の場合、長引けば家族構成なども変わってしまうので、地権者である住民のみなさんに、できるだけ早く引き渡しができるよう、最善の手段を考えていました。また、管理費を抑えてほしいという要望もあったので、設備やサービスをどこまで入れるかは、その辺りの意向との兼ね合いで決めていきました」
少しでも早く引き渡しができるように、設計チームは53階建の超高層部と11階建の中層部を、住宅共用部と商業空間の回廊=ブリッジでつなぐという建物の構成を提案。全体竣工に先立ち、2013年8月に中層部を先行で完成させ、希望する地権者の方々の早期再入居を実現した。

住民が何よりも求めたのは、安心して住み続けられる住居
リアルな声を反映してかたちにした、〝新しい月島〟

「月島のように風情のある場所に暮らしている方々は、きっとこの雰囲気を残したいのだろうと、そう思って、最初は和風のデザインを提案していたので、〝私たちが望んでいるのは、新しい月島なんです〟ということばを聞いたときには、目が覚める思いがしました。また、特に東日本大震災以降、地震、火事、津波などを想定して災害に強い住居を求めるという点では、みなさん、同じ方向を向いていましたね」と、大谷はいう。
これまで複数の超高層マンションの設計を手がけてきた加藤も、
「設計者は、つい〝古きよき〟といったイメージに食いつきたがるけれど、みなさんが求めたのは、安心して住み続けられる住居でした」と同意する。
大谷も加藤も、住居やインテリアの設計については豊富なキャリアがあったものの、今回の設計体験は、従来のそれとは大きく異なったそうで、
「通常のマンションの場合、購入者には、まず標準プランとして用意した図面から希望する部屋を選んでもらいますが、今回、地権者の方々の住居については、みなさんの権利をフルに使って床面積の調整をしたので、同じ区画割はふたつとありませんでした。この枠の中で、最終的には数ミリ単位で壁を動かしながら図面を引く作業を繰り返していたので、集合住宅とはいえ、戸建住宅を200軒、設計したような感覚でしたね」と話す。
基本、デベロッパーが販売や顧客対応をするため、マンションの設計者がエンドユーザー=入居予定者と顔を合わせることはない。だが、
「今回は、権利変換計画のためのヒアリングにも参加して、実際に入居する方々ともじかに接していましたし、家族構成も把握していたので、それぞれの生活スタイルを想像しながら図面を引きました。自分がどう暮らすのか。みなさんの、実生活に即した考えや、リアルで具体的な意見を図面に反映することは、大変な作業ではありましたが、自分にとっては次へのステップにつながるよい経験だったと思います」と、大谷は話す。
内覧会に立ち会った設計者が、長年、長屋暮らしをしていた方が、陽の射すベランダや風の抜ける部屋を手に入れて喜んでいる様子を目の当たりにする。こうした居住者とのやりとりも、再開発ゆえのことだろう。
建物のボリューム、かたち、高さ、広場の配置などを検討した加藤は、
「中層部と高層部をつなぐブリッジというバッファ ゾーンが象徴しているように、月島では、建物同士だけでなく、建物と人、生活、広場、そしてこの地区をつなぎたいと思っていました。特に広場は憩いの場として機能してほしかったので、今まで地下で待ち合わせしていた月島駅の利用者が、地上の広場を利用し、地域住民の方々にとってはパティオのような存在になっていることは、狙い通りという感じです」という。
都市計画の担当者がゼロから大きな枠組みを立ち上げ、最後は設計者がミリ単位で建物の図面を引く。関係者全員の合意のもとに進められた再開発事業は、重ねた歳月に見合う〝新しい月島〟を誕生させた。

設計担当者

東京事務所都市デザイン部 都市デザイン主幹 山本 智

東京事務所副所長兼企画部長 末永健一

設計担当者の肩書は、2015年12月の発行時のものです

シェア

他の記事

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。