思いの強さを〝かたち〟にしたスタジアム

市立吹田サッカースタジアム

寄付金によるスタジアム建設を目指す発注者と設計施工者のあいだで
プロジェクトを管理、竣工までを支えるCM業務

観戦しやすさを重視した座席の勾配や配置、ピッチと観客席の近さがもたらす臨場感、場内の動線の明快さなど、専用スタジアムならではの工夫と配慮が目を引く市立吹田サッカースタジアム(以下、吹田スタジアム)。
Jリーグ「ガンバ大阪」のホームスタジアムが竣工時、サポーターだけでなく多くのサッカーファンから関心を寄せられたその背景には、行政に頼らず、民間団体が寄付金(及び助成金)集めに尽力し、自前のスタジアム建設を実現したことへの敬意や共感があったはずだ。収容人数4万人。FIFA(国際サッカー連盟)の基準を満たし、国際試合も開催可能な施設の建設費は約140億円と、国内主要スタジアムの建設費の半額以下に過ぎない。このようにコストを抑えつつ、サッカーファンを満足させる機能的なスタジアムの完成を支えたのが、発注者と設計施工者のあいだで意見の整理や情報共有を進めるなど、専門知識を活かしてコンサルティングを行うコンストラクション・マネジメント(以下、CM)という業務だ。
2006年頃から社内でCM事業を推進してきた水川尚彦は、
「企業や組織がビルを建てることは、数十年に一度の大事業です。建築の専門知識を持つ担当者のいない発注者と設計者や施工者とのあいだに立ち、社内や第三者に対してその建築プロジェクトがコスト的に、品質的に妥当であるか、専門家として明示する。それがCMの仕事です」と話す。

建築の専門知識を持つ第三者として公正な立場から
発注者と設計者や施工者の意見を代弁しつつ、最善の選択をする

関西を元気づけるプロジェクトとして、寄付金でつくる日本初のスタジアムの構想が動き出したのは、竣工から六年あまり遡る2009年秋のこと。それまでの経緯から、行政に頼らないことを決めていたガンバ大阪からコンストラクション・マネジャー(以下、CMr)に選ばれると、水川がまず着手したのは、国内外のスタジアムの調査・分析、そして発注者・ガンバ大阪の要望を具体化する作業だった。
「発注者がどんなスタジアムを望んでいるか。要望をまとめる書面には、みなさんの思いと建築上のルールとの整合性が求められます。募金でつくる以上、極力金額を抑えることが大前提でしたが、建設費はその内容によって決まるものなので、やはり最初の要項書づくりは重要でした」
建設費の上限額、3万2000人の観客席を将来は4万人に増設する際の対応方法、スタジアムの建設予定地について……。ほかにも施工中に起こり得る〝予想外のこと〟を予想しながら、諸条件を盛り込んだ要項書をもとに、水川はCMを担う立場から設計施工会社に提案を依頼したという。
「スタジアムの工事単価の相場は一席60~70万円前後ですが、ガンバ大阪さんと40万円でがんばってみようと相談しました。日本のゼネコンは非常に優秀です。そこに競争原理が働けば、さらに力を発揮するだろうと思っていましたが期待通り、プロポーザルに参加した各社はそれぞれいろいろなアイデアだけでなく、費用も抑えた計画を提案してくれました」
こうした各社の提案を見た発注者は、収容人数を4万人にすることを決断。増席に加え、ホーム側の座席配置を変えたり、観客席だけでなく梁・柱から基礎までをプレキャスト・コンクリート(以下、プレコン)にすることは、コストアップにつながる変更だったがこの点について、
「今回は設計と施工を同じ会社が担う条件だったので、施工で生じそうな問題を見越して前倒しで対策を取ることができました。設計段階で施工の知恵を取り入れられたのは今回のスキームのメリットでした」と水川はいう。
建設費用の大半を占めるのは、躯体のコンクリートや屋根の鉄骨などである。大型施設の施工実績の豊富なゼネコンがプレコンを提案したのは、震災後の資材の高騰や人手不足を予見してのことだった。実際、その後の資材の高騰や深刻な職人不足が続く中で、費用や工期を予定内で収められたのはプレコンの選択に加え、鉄骨や鉄筋を先行発注するなど、設計段階で施工の知恵を導入し、建築プロセスの効率化を図ったからだという。
「資材の先行発注やプレコン導入の意図やメリットについて、今回の我々のように設計施工を行わない=利害関係を持たない第三者として建築の専門知識を持つCMrがその適正さや理由を伝えれば、発注者も納得することができます。建築は単品生産なので、いろいろな選択肢の中からその時々、最善の選択をすること、発注者だけでなく、設計者や施工者の意見を代弁することも、CMrの役割です」

絶対条件だった吹田市がスタジアムを受け取るという議会承認
関係者の不安を解消した一部停止条件付工事請負契約の提案

寄付金によるスタジアム建設という前例のない取り組みを進めるに当たっては、設計施工の実務だけでなく、事務的、法的なハードルも多く、それをクリアすることも通常以上に重要だったと水川は続ける。
「完成したスタジアムの所有者が吹田市であれば、公共団体への寄付になるので税金がかからず、企業は経費として計上できますが、国税局に公共団体への寄付と同等だと認めてもらうためには、吹田市が〝スタジアムを受け取ります〟と公的に意思表示する、つまり議会承認を得ることが絶対条件でした。大阪の行政はどこも財政が厳しく、施設の維持管理をどうするかが懸案事項でしたが、議会承認が得られなければ、募金活動を始めることができません。採納条件については募金団体と吹田市が協議を重ねた末、施設運営者が維持管理費用を負担すると決断したことで、吹田市は2011年12月に正式に受け入れを決定し、そこからようやく募金活動が始まりました」
また、今回、水川がCMrとして検討した中で大きな効果を発揮したのが、一部停止条件付工事請負契約を採用したことだった。
「一般の建築プロジェクトでは、費用の調達先が決まった上で事業を進めます。ところが今回は発注と募金が同時進行で、期限までに目標額140億円が集まるかどうかわからない。その場合、不足分をどうするか。発注側にも施工側にもその懸念があったので、寄付が集まらない場合に備え、募金額によって取り止める工事項目をリストアップし、状況に応じて工事を停止する一部条件付工事請負契約を採用しました。この手続きによって、発注、施工、両者ともに不安を持たずに動くことができたと思います」
募金期間中の2013年、ガンバ大阪はJ2に降格するも、翌年Jリーグ、ヤマザキナビスコカップ、天皇杯の三冠を達成。まさに風が吹いたというしかない状況の下、募金は目標金額に到達し、スタジアムは竣工した。
建築費用の全額を寄付で集め、完成した施設を公共団体に寄付するという独創的なスタジアム建設のモデルとなった吹田スタジアム。建築プロセスの効率化、透明化とともに、これからの時代に適した公共施設整備事業を推進するCM業務の役割は、今後、さらに重要になっていくだろう。

設計担当者

専務執行役員ビジネス創造本部長 水川尚彦

設計担当者の肩書は、2018年12月の発行時のものです

シェア

他の記事

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。