集いの場となった、 都市型先進空港ターミナルビル

大阪国際空港ターミナルビル

スピーディ、スペース、ショッピング、サスティナブル、セイフティ
都市型先進空港のコンセプトとして、5つのSを掲げる

出発手続きをするチェックインロビー、セキュリティチェックが行われる保安検査場、旅客が搭乗時間まで待機するゲートラウンジ、到着後の動線、バゲッジクレーム……。旅客ターミナル特有のさまざまな機能を有する空港は、1年365日、不特定多数の人間が行き交う場所である。その名称が示すように、1969年の供用開始から四半世紀にわたり、国内・国際の両線で利用されてきた大阪国際空港ターミナルビル(以下、ターミナルビル)は、94年に国際線が関西国際空港に移管されて以降、関西地方の国内線基幹空港のターミナルビルとして、その役割を果たしている。
竣工・供用から半世紀余り。空路による旅客数の増加や航空機の大型化など、この間、航空業界を取り巻く環境は変化し続けている。その変化に対応するため、新たな機能や付加価値を求めるクライアントの要望を受けて、ターミナルビルでは50年ぶりに増築を含めた大規模な改修が実施された。管制塔を含め、これまで多くの空港設計に関わってきた平岡公章は、
「改修が決まった当初、ターミナルビルを運営していた新関西国際空港株式会社は、都市型先進空港のコンセプトとしてスピーディ、スペース、ショッピング、サスティナブル、セイフティの、5つの”S”を掲げていました。
街に隣接する土地柄を活かし、使いやすい施設にするため、5つのSをどうグレードアップするかを考えながら、設計計画を進めました」と話す。

1年365日休むことなく運用されている空港。その機能を止めずに
改修工事を行うため、数年間、地道に調整・工事・検査を繰り返す

旅客ターミナルは、1日のピーク時の利用者数によって、その規模が決まる。空港の場合、出発・到着人数や離発着便数から、各空間の面積や検査能力を計算・検討し、そこから配置やデザインが進められていくという。
「まずはスピーディかつスムーズな移動ができるように、到着機能を中央棟に集約しました。利用者の方々にわかりやすい動きを定着させるためには、増築が不可欠でしたが、ここで生じたのが既存建物の安全性の問題です。50年前の法律でつくられた空港は現在の基準に適合しない面もあるため、今の法体系でも成立するよう防火区画形成を行い、耐火・耐震改修工事を実施することで、建物の安全性の向上を図りました」(平岡)
民間の建物でありながら公共性が高く、基幹インフラといえる空港には、安全性やバリアフリー化が求められる。設計者の一人、山家 弘は、
「災害時にも機能を維持しなければならない空港は、通常の民間施設以上の安全性が求められます。元々空港は横移動の避難を重視してきましたが、建物内に店舗が増え、上から下へ、縦の避難確保も重要になったため、当初の想定以上に安全をどう確保するかが改修のテーマになりました」と話す。
日々、休みなく運用されている空港の改修は容易でなかったと、4名の設計者は異口同音にいう。だが、気象の変化に伴う自然災害が、規模・回数ともに増している今、安全の確保は建築の最重要課題のひとつになっている。空港機能を維持しながらの改修はどう進められたのか。関係各所との調整を担当した山口佳孝と岩崎 洋は、次のように話す。
「運用しながらの改修の場合、まとまった空間を一気に施工することはできません。建物内を細かく分けて、一部の通行や営業を止めて、そこをつくり替える。その工事が完了したら、別の箇所の施工に移る……その繰り返しです。各工事が終了する毎に行政の改修検査が行われるので、作業と検査を地道に繰り返して、運用できる空間を増やしていきました」(山口)
「運営会社、航空会社、テナント、施工会社……。改修工事への要求はそれぞれの立場によって異なるので、全員で協議して、解決策を探る作業を重ねます。ある区画内の工事箇所が決定すると、いつからいつまでどこが通行できなくなるので、どこを通ってもらうか、関係者がギリギリまで調整を行う。建物を使いながらの工事はそうやって進めました」(岩崎)
空港を運用しながらの工事の難しさは、多数の関係者との調整作業だけではない。解体作業中に現れる、過去の図面にない電気ケーブルの状況などに、適切に対応することも不可欠だったと、平岡と山家はいう。
「解体中、図面にないダクトが現れる、数百本もある電気ケーブルのうち、どれが使われていて、どれが使われていないのかといった、不明なことが頻出するのが改修工事の恐ろしさでした。空港のような重要施設の場合、工事によって空港の機能が止まることは許されません。線一本も簡単に切ることができないので、一つひとつ調査しながら進めていきました」

利用者目線で考えて、到着ロビーを2階に配置。
動線のメリットに目を向けた副産物として実現した、飛行機の見える到着ロビー

改修ならではのハードルを一つひとつ乗り越えて、2020年8月にグランドリニューアルしたターミナルビルは、ビジネスユースに応じるスマートな動線、洗練されたデザイン、新たにオープンした36のショップ、集いの場となった屋上の展望デッキなど、旅客だけでなく、地域の住人にとっても、身近で、明るく、開放的な建物になった。中でも特筆すべきは、到着ロビーからバゲッジクレーム越しに飛行機が見える点だ。
「どこの空港も到着後の空間は、あまり豊かな設計がされていませんが、送迎者にも空港の魅力を感じてほしいと思っていました。一般に閉鎖的な到着ロビーも、ガラス越しに飛行機が見えるだけで、空の旅の臨場感や開放感がまるで違うので、ここは設計者としてこだわりました」(岩崎)
空港の到着ロビーは基本、1階に配置されている。だが、2階に設ければ、多くの人が利用するモノレールに最短かつ一直線で接続できる。
「利用者の方々にとって、到着ロビーが2階にあるほうが、移動は便利です。動線上のメリットに設計者が目を向け、運営会社が理解してくださった副産物として、飛行機が見える到着ロビーが実現しました」(平岡)
自分たちの資産である空港ターミナルビルを、地域の人たちにも広く利用してもらいたい。他の空港に先駆けて屋上展望デッキを無料開放したように、街中にある空港が持つ利用価値を意識していた運営会社は、屋上にボードデッキを張って庭園化し、子どもたちの遊び場を用意するなど、飛行機を身近に感じられる施設として、整備やショップの誘致を進めてきた。
翌(1970)年、開催される日本万国博覧会を控え、当時の最新資材や構造技術で設計・建築されたターミナルビルは、特注したチェックインロビーのカーテンウォール、道路側の基本立面はほぼ竣工時のままだという。
「竣工時の手描きのものから、その後、重ねた小さな改修時のものまで、図面をめくりながら新しい機能をどうつけ加えるかを考えることは、図面を通して過去の設計者と対話する作業でもありました」と岩崎はいう。
竣工から半世紀余り。先を見据え、余裕を持って設計されたターミナルビルは、地域と共生する都市型先進空港として、新たな道を歩み出している。

設計担当者

大阪事務所設計部部長 平岡公章

大阪事務所設計部 設計主幹 山家弘

大阪事務所設計部 設計主事 山口佳孝

台湾事務所 設計主事 岩崎洋

設計担当者の肩書は、2021年12月の発行時のものです

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