2006/03/29
No. 27
自らが自らの力で学ぶこと。最近、これをセルフ・エデュケーションと呼びならわすことがある。この当たり前の話が注目されるのは、学ぶ機会が自在になってきているからだ。これまで、知識は基本的に地域社会、学校や企業といった共同体を通して学ぶこととされており、規範的な知恵を身につけてきた。このところ、そうした共同体にこだわらずにさまざまなつながりを求める動きがアクティブである。現在の流動化する課題に、旧来の共同体では対処しにくくなっているのだろうか。となると、人と人とが関係を結ぶことから現代を生きる知恵を探りあてることに注目が集まってもおかしくない。
こうした流れに沿って、美術家の川俣正は「現在ある強迫観念的な知識の詰め込みと規律に従属させる窮屈さを強いる教育システムより、はるかにインターラクティブな(相互関係的な)現場思考のなかに新しい教育のかたちを模索すること」が可能と捉え、それを実践してきた(出典下記)。アーティストとしての切れ味と人当たりの良さもあって、川俣の仕掛けは成果を収めてきたと言える。前号で触れた取手アートプロジェクトでも、川俣は2000年の実行委員長を務め、学生が運営に参加する仕組みを育てた。その進め方は現在の運営に引き継がれている。
ただしこうした仕組みでは、関わりあうことの気軽さ・汗をかくことの充実感で終わらぬよう十分気をつけておきたい。活動のなかで、しっかりとした知識と批評的視点を身につける機会を逃さぬようにすべきなのである。文化に関わるプロジェクトが地域を活性化することは歓迎できるが、ここは学生にとっての成長の場でなくてはならない。
ある意味で、大学と地域とは補完しあう関係ではない。それぞれが持つ固有のシステムを向上させる知恵を学びあう関係と言える。建築学科にとっても、外部の刺激を感じつつ、計画力と見識をどう学内で鍛えるかを真剣に考えるべきであろう。