建築から学ぶこと

2007/04/18

No. 79

近代建築:何を守り、何から守る?

現在ある大阪市中央公会堂(1918、最初の設計:岡田信一郎ほか)は、近年の改修にあたって、集会施設としての機能を継承し、意匠を修復した。同時に免震構造化されたことで、元来の機能は永く維持されることとなった。岡山県保有のルネスホール(1922、最初の設計:長野宇平治)の場合は、日銀の支店という機能は消滅したが、コンバージョンされて集会施設やカフェに替っている。いずれの例も、都市のなかの名建築そのものと人の集まる場としての歴史が巧みに受け継がれたことになる。また、それらの試みが実を結ぶために、市民が保存への方向付けをおこなったこと、今後も施設を支えようとしていることは特筆すべき流れである。ここでは、近代建築と市民社会とが、ともに育った同志的関係にあるように見えてくる。

一方、品の良い空気に包まれる国際文化会館(1955、最初の設計:前川國男・坂倉準三・吉村順三)は戦後の名作と言える。鳥居坂からスロープを登ってアクセスする位置取りは、六本木の喧騒からは一歩引いたものである。財団法人・国際文化会館は、隣りあう地区の整備に連動して建替えることを、一旦は推進しようとしていた。様々な議論の結果として、連動せずに独自に改修という選択肢を選んだ。現在の会館は改修前と変わらぬ空気を保っているけれども、客室や宴会スペースの快適性が格段に向上したものになった。

実は財団法人が真に望んだのは、法人の自立的な存続ではないか。どちらかと言うと、国際文化会館という建築ではなく、国際文化会館という組織体の維持を目指している。機能の維持・充実はその趣旨に沿うもの。名作は生き永らえたが、厳密には保存されたわけではない。ニューヨーク近代美術館(MOMA)も似た例であり、その時代にふさわしい判断で増築改修され(1939年竣工後、ジョンソン、ペリ、谷口吉生により増築)、活動が発展してきている。

優れた建築があるから、優れた運動体が生み出された。その逆もあり、まさに相互作用である。運動体がアクティブであるなら、建築の装いがup to dateのものになるのも避けられない。その経過と解決策が適切に運ばれるなら、努力には高い評価を与えたいと思う。

佐野吉彦

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