2016/03/02
No. 513
歴史人口学者であり、家族人類学者であるエマニュエル・トッドは、「ひとつの社会生活環境は、強い信念とは何の関係もない日常的な模倣現象によって存続する。ある社会生活環境が活性化させる価値、そしてその社会生活環境を定義する価値は、個人生活や社会生活の重要な、または取るに足らないさまざまな要素に関与しうる。」と書いている(*)。フランスの各地方にある文化的なコンテクストが、政治的思潮やアクションにどのような影響を与えてきたかを、トッドは綿密に分析してみせる。傾向としては、リベラルな傾向の強い地域と、キリスト教文化が根を下ろしてきた地域に大別される。日常における価値観を長年共有してきた地域世界は、実にしっかりした基盤なのだが、時代が変わればその基盤に基づいた意外な反応を起こすことも明らかにしている。トッドは、しかしその多様なフランスをそのまま放置したりはせず、共和国フランスとしての姿を構成する大切な要素として慈しんでいる。地域のコミュニティが決して自己防衛的な論調に流れず、健全な国家を形成する基礎単位であることを願っているように思われる。
このところ、必要があって戦後の建築設計団体の変遷について調べている。始まりは昭和25年(1951年)制定の建築士法で、それを受けて建築士会・建築士事務所協会・建築家協会の3会がそれぞれの理念と目標を基盤とした歩みが始まっている。この時の法文に建築設計業務法としての内容が盛り込まれていなかったことが影響しており、それを実現させるアクションの中で方向性の違いが明らかになった。その後それぞれは独自の地域の現実に立脚した活動を発展させ、豊かな文化的コンテクストを育てあげた。3会が協働して実現させた平成27年(2015年)の建築士法改正で業務法の趣旨がようやく盛り込まれたことで、じつは当時の理念の違いはもはや決定的なものでなくなった。すでに、3会は自己完結的でなく、健全な建築界を形成するための構成単位となるべき局面に移り変わっていると思う。