2024/08/21
No. 930
濱田芳通さんの指揮で、ヘンデルのオペラ「リナルド」を聴いた。このオペラは1711年にロンドンで初演されている。ドイツ育ちのヘンデルは初演の前年に26歳で英国王室から招かれ渡英・移住し、それ以降亡くなるまでの50年近くを、英国の作曲家として生きる。題材は時代をさかのぼって十字軍の戦い。ここに恋物語に仮面劇、魔女噺をからめた3幕の喜劇で、桃太郎の鬼退治的視点は今日では際どくもある。何せターゲットはエルサレムであるから。しかしここには、ようやく安定し始めた英国近世の権力移譲をめぐる政情を重ねているらしい(*)。ともあれ、聴衆は大いに溜飲を下げたであろうが、最後は大団円で閉じる。南北朝の時代に翻案した、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」が江戸の人気を博したみたいなところだろうか。
今回は濱田さんの第53回サントリー音楽賞受賞を記念して、サントリーホールで開催された。彼が主宰するアントネッロをバックに名歌手が妍を競うが、舞台装置を設営しないかわりに、各演者の表現力が試される。ひとり日本舞踊が加わっていることもあって、場面の切り替え、身体の入れ替えが引き締まっている。あたかもいい浮世絵を次々と見るように。それを管弦楽のいきいきしたリズムと高い個人芸が支えていた。休憩をはさんでの4時間半は、創意工夫に満たされている。
今回はいわゆる世俗音楽だが、バロックの領域には、長大な宗教曲も山のようにある。その長い時間を飽きさせないために演奏者がいろいろな創造性を発揮する必要がある。その点、濱田さんのほかにこれまでサントリー音楽賞を受賞したバロック演奏の2団体、日本テレマン協会とバッハ・コレギウム・ジャパンは、それぞれ違ったアプローチで、この領域の魅力を発掘している。層が厚くなるのは歓迎だ。ちなみに、濱田さんは、私が主催する平河町ミュージックスにも出演いただいたことがある(2019.6.21)。
(*)リナルド公演プログラム冊子(2024.8.17)より