建築から学ぶこと

2019/12/11

No. 700

音楽家とともに考える、専門家の使命

現役の音楽家ふたりによる2冊の本はなかなか示唆に富んでいた。1冊目の著者・青柳いづみこさんは創意に満ちたピアニストであり、多くの切れ味の鋭い著作を送り出す作家としても知られる。近著「音楽で生きていく!」(アルテスパブリッシング2019.11)は、おおむね30歳前後の若手音楽家10人へのインタビューに基づくものである。登場するのは、今の自分の技量には満足せず、さらなる戦略眼を持ってプロ人生のかたちを組み立てようとする若手たち。たとえば、作曲家の森円花(まどか)さんは「自分が満足しないというところから新しさは生まれる」と言う。それぞれが独自のスタイルを持ちながら、一方でどのように社会とつながり続けようとするかについて考えている。たとえば、指揮者の川瀬賢太郎さんは1984年生まれでありながら、すでに次の世代の専門家が登場する機会をいかにつくるかについて構想している。この本全体にあふれているのは、音楽分野固有ではなく、普遍性ある言葉である。建築を含み、すべての専門分野を歩む者にとってみずみずしいメッセージではないか。聞き手の青柳さんの切り込みが的確なのは、彼女自身がそのような問題意識を持ち続けているからだろう。
もちろん、専門家が社会に寄り添いにゆくことは大事かもしれない。だがそれ以上に社会をその先へと引っ張る役割も大いに期待されているはずである。最近、作曲家としての揺るがぬ評価を得ている望月京(みさと)さんが書いた「作曲家が語る音楽と日常」(海竜社2019.11)を2冊目として紹介したい。これは彼女の音楽にあるデリカシーとドラマ性を宿していて楽しめるが、望月さんは美というものについて「人間が人間らしく生きていくうえで最も必要な要素の一部」と述べ、芸術については「人の心をつなぐ仕掛けなのではないか」と問いかける。望月さんには、専門家の果たす使命がはっきりと見えている。多様な専門家それぞれにある使命感と、それを活かす健全な社会、どちらも重要であろう。刺激を受ける2冊であった。

 

[余滴]今号で、「建築から学ぶこと」の連載は14年かけて700回を迎えました。引き続き使命感とともに書き継いでまいります。

佐野吉彦

実りある手ごたえ。

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