建築から学ぶこと

2013/04/24

No. 372

災害を乗り越える島、危機と向きあう都

ゆるやかに流れる洲本川が海と結びあうあたりに、新しい病院が完成した。穏やかな表情は、ここにあった巨大な煉瓦造の紡績工場の表情を受け継ぐものである。兵庫県立淡路医療センターの歴史は、旧称である淡路病院から数えて57年。1995年の阪神淡路大震災では淡路島の救急医療の拠点として重要な役割を果たした。今回の移転新築には災害拠点機能をさらに強化するねらいが据えられている。

工事は2011年初頭に始まり、程なく東日本大震災が起こる。設計上は、敷地はすでにマウンドアップされていたのだが、津波・高潮に対応する外部壁が建築の四周に追加されるなどした。そして竣工式典の一週間前に淡路を襲った震度6の地震は、結果として免震構造の効果を発揮させる場面となった。歩みを振り返れば、病院は大災害に幾度も向きあい、そこで知恵を絞ってきたわけである。かくして、旧紡績工場敷地に集積した病院・図書館・体育館とは、お互い外観イメージを共有しながら役割を分担しあうことになった。工場にあったユーカリの樹が散在するおおらかな空間は、日常・非日常に関わらず洲本ののびやかなシビックコアとして機能してゆくだろう。

さて、この週は、ボストンマラソンゴール地点の爆破事件があり、容疑者逮捕へと続いた日々があった。このマラソンのコースは独立戦争であるレキシントン・コンコードの戦いにちなむルートで、公立図書館(開館:1895年、設計:マッキム・ミード&ホワイト)前の道路に常時塗装されている黄色のゴールラインは、この街にとって歴史的な意味がある。ここで選手と家族・友人が標的にされたことのショックは大きいはず。お見舞いと励ましのメールを当地の建築家に送ったら、日本が大震災を乗り越えたようにわれわれもこの苦難を乗り越える、と言っていた。予期せぬ災害に向きあうとき、人は歩んできた道のりに問い直しを迫られるが、それを乗り越えることで歴史への確信も強まるということである。

佐野吉彦

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