建築から学ぶこと

2010/05/12

No. 228

アメリカの物語を聴く

プロ野球選手にはひとりひとりが選んだテーマソングがある。球場に流れるメロディーを背に受けて、彼らは、バッターボックスやピッチングプレートに向ってゆく。たとえば阪神タイガースのクレイグ・ブラゼルは、ハンク・ウィリアムス・ジュニアが歌うカントリー・ミュージック「If Heaven Ain’t a lot Like Dixie」を使っている(かつてハンク・ウィリアムスというカントリー・ミュージックのスターがいて、ジュニアは、その息子である)。デーゲームにふさわしい、何とのどかな空気が漂っていて、この選手のおおらかなキャラクターに似つかわしい。そう、彼はアラバマ出身。何せアラバマ州の愛称はThe Heart of Dixieなのだから。

入植から奴隷制度・黒人差別へと続く歴史を経験したアメリカ南部のアラバマ。1955年に公民権運動が始まるきっかけとなったのはアラバマ州モンゴメリーである。近・現代史の重要な役割を担った地と言える。そうしたアラバマを含む南部の歌を掘り起こしてみれば、その歴史のなかにいた無名の人たちの機微や慟哭が感じ取れるのではないか。それが「アメリカは歌う。−歌に秘められたアメリカの謎」(東理夫・著、作品社2010)で扱われた題材である。カントリー・ミュージックや黒人霊歌の来歴や内包された物語は、深く重いものだが、そこにはアパラチアの山塊やオハイオ川など、運命を握る自然要素に向きあい、あるいは立ちつくす人間の姿が立ち現れる。いまは耳にやさしい歌は、苦難を乗り越え歴史の駒を前に進めたメッセージであった。歌が、ラジオ放送開始以来さまざまな手段で広く伝えられたことで、かつて閉じられていた南部世界は、開かれた世界の一部に位置づけられるようになったのである。

そうして、それをのどかに聴く甲子園球場の初夏がある。ブラゼルのスリーラン・ホームランが飛んでゆくさきには、青空が広がっている。

佐野吉彦

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