2013/05/15
No. 375
1月に訪ねた高山を再訪した(第361回参照)。今回はグループツアーをいくつかの場所にガイドする目的がある。春の高山盆地の朝はすがすがしく晴れ、宮川朝市では盆地の多彩な<農>に出会う。野菜があり、漬物があり、餅が並ぶ。品物だけでなく、賑わうのは外国人も含めた観光客である。外国人のうち、建築家が必ず訪ねるのが重要文化財<吉島家住宅>。いつもと同じように、価値の分る人なら誰にでも、当主・吉島忠男さんは美味しい日本酒とともにあたたかいおもてなし(もちろん、昼間でも)。住宅をめぐる歴史を魅力たっぷりに語れるのは吉島さんの技。木工の精妙さ、土間の吹抜けのスケール感、高窓や中庭からの光の変化、篠田桃紅の絵画とのマッチングとともに、時が立つのを忘れる。
市街地の西の丘にある、向井鉄也さんが開設し、館長を務める<飛騨高山美術館>にも、その場にいたメンバーはいたく感動した。ルネ・ラリックなどのガラス芸術の絶品、マッキントッシュの家具とその背景となる時代をまるごと理解できる部屋。系統立てた収集・陳列方針は水際立っている。これも高山の豊かな伝統を受け継ぐものと言えるだろう。ここから西に向かって春浅い風情の森を分け入ると、<オーク・ヴィレッジ>。ここでの家具・食器製作や、森の中で取り組む多様な環境活動について創立者の稲本正代表から聞くと、あ、ここにも匠の伝統の継承があった、と感じる。
そこからさらに走った白川郷は有名だ。1995年に<白川郷・五箇山の合掌造り集落>として世界遺産に指定されたが、ひとつひとつの民家は住まい方・使われ方も個性的だからこそ、見飽きない。ドイツの建築家ブルーノ・タウトは、白川郷について「鳶色の堂々とした藁屋根は毛皮のように家具を保護している」と美しく記しているが、「これらの家屋は、その構造が合理的であり論理的であるという点においては、日本全国を通じてまったく独自の存在である」とも言う。しかし、それは言い過ぎかもしれない。どの地方の民家の様式も、気候や文化に由来・立脚することでは同じだし、デザインや使われ方に個性が入る余地があるのも同じだ。
旅の最後は、富山県砺波平野にある井波(南砺市)。1390年建立の<瑞泉寺>の門前町で、建築や表札、欄間などの<井波彫刻>の伝統はいまも健在だ。寺に続く<八日町通り>沿いの商家の軒先を覗きながら、ふと高山で見たルネ・ラリックの技を思い出した。