2021/07/07
No. 777
2004年から11年まで大学院で教える機会を与えられ、2014年からは別の大学院で同じような立場にある。制約が少ない非常勤ながら、年度で学生と出会う回数が少ないだけに、薄っぺらなことを喋ると取り消せない緊張感はある。
最初の大学院は新たにできた専攻だったので、企画演習という科目を任せるので自由にやってください、というものだった。そこで講義計画を立てるときに、「建築にとって大事なものは建築主であり、その理解こそが提案するうえで重要だ」という仮説を据えてみた。そうして何度か講義をおこない、何回目かに設計課題を出し、最終回にはそのプレゼンテーションを求め、たのしくクリティックした。「建築主(著名企業)を選んでその本社ビルを市内の適切な場所に誘致し設計せよ」という課題である。おかげで私は、実にオフィスのアイディアの多彩さを知ることができたし、その都市にあるたくさんの「ちょっといい場所」を学生から教えられることになった。
再度教壇に立った2014年には、少なからず社会も大学も変化が進んでいた。建築士法改正があって教育課程と資格が接続するようになったり、説明責任が明確になったり。それらはグローバルな影響を受けたものに違いないので、大学で学び専門家になる意味と世界の動きとがどうつながるかを話してみようと考えた。年度に講義は2回しかないので、最初に知識を授け、それに即してレポートを書いてもらい、それを手掛かりに議論をする。
さて昨年から今年については、学生は海外に出る機会が奪われているので、世界のいまをなかなか体感しにくい。それでも、新形コロナウイルス感染症流行やBIMの進展はあきらかに世界につながる話題となる。講義も議論もオンラインという新機軸ではあるが、密で闊達な時間がなかなか楽しい。学生とこうして出会う機会が持てるのは幸せである。それが、自分が学び続けるための大きなモチベーションになるからだ。