2009/07/15
No. 189
いまや数少ない、安井武雄が設計した住宅を見にゆく機会があった。中に入ると上階から光が手招きする階段空間に、安井らしい手ざわりが感じられる。階段の存在感は大阪倶楽部にも、大連の旧満鉄中央試験所[どちらも現存]にもある特徴だ。昭和初期のこの作品には外観に強い独自色はないけれども、各部屋のしつらえは興味深い。印象的なのは粗く仕上げられた塗壁で、紫色の応接間があって黄色の居間があり、食堂には緑色が施されている。それらの色から来るメッセージは、明るさより艶やかさと穏やかさを伴う。その選択はガスビルや自邸にあるインターナショナルな傾向とは異なるものだ。この内部空間は謎めいたものがある。
その同時期の、佐藤功一による(実施設計:佐藤武夫)早稲田大学大隈講堂では、近年の改修でもとの色彩も綺麗に回復された。大講堂のなかでオレンジや紫がかったグレーなどがデリケートにバランスし、ロマンティックな効果を生みだしている。ここにこめられたのは学術や文化への憧憬・畏敬だろうか。この仕事も、内部に外観の印象とは異なる自由闊達なイメージが宿っている。インターナショナリズムの時代とは、純正ホワイトでは読みきれない表現力に満ちた時代であったようだ。
いま、ウェブで世界中の情報を入手できる現代人は、多くの建築のことを、外観を通して十分知ったつもりになっている。もともと外観とは、消費され・模倣され・飽きられてしまうおそれがあるものだし、オリジナリティの象徴としての外観の地位は一層下がってゆく可能性がある。反面、体験しなければ解読できない内部空間の持つ力と価値は、衰えることはないだろう。2つの建築を訪ねた経験はそのことを実感させた。建築をきちんと見ることの大切さも。